【5月8日 AFP】米デラウェア州の鶏肉加工場で働くハイチ系移民のティナさん(27)は毎日、出勤前に短い祈りをささげる。同僚が次々と新型コロナウイルスに感染していく中、その日も自分の番が来ないことを願うのだ。

 米国では新型ウイルス感染により閉鎖される食肉加工場が相次ぎ、食肉製品の流通への影響が広がっている。ティナさんもできれば出勤したくはないが、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は食肉産業を戦略的に不可欠な産業と位置付けており、その操業にはティナさんのような低賃金労働者の存在が欠かせない。

 ティナさんの勤務先は、ジョージタウン(Georgetown)にある鶏肉大手パーデュー(Perdue)の食肉包装工場だ。ジョージタウンにはハイチ系移民が多く暮らし、パーデューが主な雇用主となっている。

 ティナさんには子どもが3人おり、自分が感染すれば家族にも危険が及ぶ。しかし、仕事を失いたくなければ、工場でのシフト勤務を続けるほかないと感じている。「毎日出勤しては、何事も起きないよう神様に祈るだけです」

 工場内では、誰がウイルスに感染しているか知る手立てはない。「誰もが体調を崩すことを恐れながら、今も近い距離で作業している」と語るティナさん。従業員を守るための対策は不十分で、対応も遅すぎると訴える。「検査で誰が陽性になったか、会社は教えてくれません。私の隣にいた人なのか、会話を交わした相手かどうかも、全く分からないのです」

■大統領令で操業継続、移民労働者がまず犠牲に

 米国の鶏肉包装業界は、ハイチ系やヒスパニック系の人々を低賃金で雇用して成長してきた。それはつまり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)でまず犠牲になるのも、そうした移民労働者だということを意味する。

 ほとんどの移民労働者は解雇を恐れて工場勤務を続ける。「熱があっても、薬を飲んで出勤するんだ」と、パーデュー本社のあるメリーランド州ソールズベリー(Salisbury)でハイチ系移民向けにクレオール語ラジオ局を運営するハバクック・ペション(Habacuc Petion)さん(45)は語った。

 ペションさんも、パーデューの工場に勤めていたいとこ(44)を新型コロナで亡くしたばかりだ。いとこは4月に入ってすぐに呼吸困難になり、妻が手を尽くして病院に入院できたが「2週間たたずに死んでしまった」という。

 米国内のCOVID-19による死者が7万人を超える中、牛肉、豚肉、鶏肉を加工処理する米食肉大手の工場では、生産ラインや休憩時に密集状態になりやすい従業員の間で感染が急速に広がり、閉鎖に追い込まれる事例が相次いでいる。

 食品流通が滞る恐れに直面したトランプ大統領は4月末、戦時下において企業に直接命令を下す権限を米大統領に付与する「国防生産法(Defense Production Act)」に基づき、パンデミック(世界的な大流行)の間も食肉工場の操業を継続するよう命じる大統領令に署名した。(c)AFP/Cyril JULIEN