新型肺炎専門病院の建設に奮闘した技師 出産控えた妻も後押し
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【4月30日 People’s Daily】中国湖北省(Hubei)武漢市(Wuhan)での日々を思い出すと、羅文浩(Luo Wenhao)さんの心は今も強く揺さぶられる。建物の設備・設営に携わる中建安装集団華北本社で技師を務める羅さんは故郷の武漢市で、新型肺炎専門病院を建設するため昼夜を問わず働き続けた。その間に待望の子どもが誕生。父親に「昇進」した羅さんは、子どもにある思いから名前をつけた。
今年で31歳を迎える羅さんは1月25日から始まる春節(旧正月)休暇で、会社に少し長めの休暇期間を申請していた。2月1日が妻の畢金鳳(Bi Jinfeng)さんの出産予定日のため。だが、その休暇は新型コロナウイルスに断ち切られた。1月27日、会社本部から「武漢の感染拡大が深刻だ。早急に専門病院を建設しないといけない」と連絡が来た。武漢市内に突貫工事で火神山病院と雷神山病院を建設することが決まり、羅さんは配水管や通気設備工事の副指揮者に任命された。
妻のことを考えると、心の中でちゅうちょした。だが妻と両親は「心配しなくても大丈夫。ちゃんと出産できるから」と羅さんの背中を押した。こうして、武漢での激動の日々が始まった。
1月28日早朝、羅さんは雷神山病院の建設現場に到着した。「人手は足りなかったが工期は差し迫っており、複数の工程を同時に進める必要があった」。作業員を率いて25時間ぶっ続けで働き、配水管設置工事をやり遂げた。翌29日には火神山病院の応援に志願し、昼夜を問わず工事を続け、通気設備の取り付け工事を終えた。
妻の出産予定日前日の1月31日午後11時、羅さんは通信アプリ微信(ウィーチャット、WeChat)でメッセージを送った。「一緒にいられずに本当に申し訳ない。とにかく体を大事にしてくれ。僕は君の強い後ろ盾になるから」。妻の畢さんからは「私と赤ちゃんは元気よ。心配しないで大丈夫」と返事が返ってきた。
建設現場の困難な状況はその後も続いた。
「これまで多くのプロジェクトに携わってきましたが、これほど緊急を要したのは初めてです」。羅さんの助手、劉旭(Liu Xu)さんはそう振り返る。病院建設の工期は短く、人手も不足。さらに、集まったスタッフの専門分野も、現場の工事と必ずしも一致していなかった。羅さんと劉さんは一人一人の作業員と丁寧に意思疎通を図り、辛抱強く指導を続けた。工事現場は広く、材料を運ぶのに一度の往復で400~500メートルかかり、1日に数万歩も歩くのもざらだった。
「雨が降れば、ぬれたズボンのすそを絞って仕事をした。晴れの日もズボンは汗だらけだったけど」。それでも羅さんは笑顔で話す。「苦難を恐れるなら、最初から来るはずがない。考えていたことは一つだけ。ともかく仕事に打ち込み、病院を早く建設すること。この苦労は必ず報われる」
2月3日から6日にかけ、作業員は日中の勤務と夜間勤務に分かれ、羅さんはその両方を指導した。毎日の睡眠時間は4時間足らず。眠くなれば車の中で仮眠を取った。約200人の作業員を指揮し、4000平方メートル近い病棟の換気設備の取り付け工事を完了させた。
2月7日午前10時、妻の畢さんは女の子を出産した。父親から届いた電話は、羅さんの短い眠りを断ち切るものだったが、疲労困憊(こんぱい)にもかかわらず、喜びのあまり泣き叫んだ。
羅さんは以前から子どもの名前を決めていた。男の子なら「武漢を支援する」という意味を込めて「援漢(Yuanhan)」、女の子なら同じ発音の「媛涵(Yuanhan)」。羅さんはすぐに待望のまな娘に「媛涵」の名前を授けた。
病院建設のプロジェクトを終えて武漢を離れた羅さんは、隔離期間を経て自宅で過ごしている。かわいい媛涵ちゃんと過ごし、幸せに満ち満ちた日々。心と体にエネルギーをためて、新しいプロジェクトの連絡を待っている。(c)People's Daily/AFPBB News