古くからの商店街や住宅街が残る世田谷の今泉邸。2棟に分かれた家には、近隣の居住者も楽しむ屋上庭園があった。 

ひとつの敷地に2つの建物が建っている今泉邸。右手の東棟が先に建ち、それから2年遅れて西棟が完成した。建物は木造だが、クルマのエンジン音がテナントに聞こえないよう、ガレージの周りはコンクリート造になっている。グレーのボディカラーのGクラスを選んだのは、アウトドアで使用する際に周囲に馴染むから。

古くからの商店街や住宅街が残る世田谷の今泉邸。2棟に分かれた家には、近隣の居住者も楽しむ屋上庭園があった。東京都世田谷区。懐かしい雰囲気の家や店舗が所々に残る住宅街に、今泉さん(42歳)たちのお宅は建っている。街にすっかり馴染んだ外観からは、この家が特別な構造になっているとは想像できないだろう。

まず今泉邸は、2つの独立した建物で構成されている。白い外壁のゾーンは賃貸に出されている部分。今泉さんの経営するクリエイティブ系の会社も、ここに入居している。そしてそれぞれの建物の、青い壁の最上部が今泉さんの住居だ。最大の特徴は、左手の西棟の屋上が全て庭となっていること。屋上には作業用の梯子が通じているだけで、上るのは少々怖い。庭に入るのではなく、東棟の最上階と同じ高さの庭を、窓から眺めて楽しむ仕組みだ。

西棟の上部は、全面が庭。この家のハイライトだ。東棟最上階の今泉さんの家族だけでなく、隣家の上部階もこの庭を借景として楽しむことができる。庭を手掛けたのは、東京の造園会社TSUBAKI。

このような変わった構造なのは、もともと2つの土地の地主が異なり、今泉さんが手に入れた時期が異なるため。まず手に入れたのは、東棟が建つ右手の、入り口が狭く細長い敷地の奥が広い、逆L字型の土地だ。

「不思議な形だから面白いと思ったんです。四角い土地に合わせて四角い建物を建てることには魅力を感じない」と今泉さんは話す。そして左手には住人の居ない築50年ほどの古い家が建っていた。いずれこの土地が売りに出た際は手に入れることを想定し、東棟の設計は行われている。

設計を担当したのは、ENGINEにもたびたび登場している、ユニークな形の住宅が得意な中佐昭夫さん。今泉さんの勤め人時代の先輩の家を手掛けており、「個性的な形」に惹かれ依頼した。家は住み心地がよく便利なだけではなく、暮らして面白いものであるべきと考える今泉さん。職業柄、特に形に関心が高い。

そこで中佐さんが紹介したのが、ニューヨークの、廃線となった列車の高架橋を公園に作り替えた事例だ。高い位置にある眺めの良い公園は、観光客や地域住人の憩いの場になっている。庭を楽しめ、付近の住人まで変わる面白そうな案に建て主は乗った。

白い壁の部分が賃貸用で、今泉さんの好きな青に壁が塗られた部分が個人邸ゾーン。

もっとも逆L字の、微妙にカーブした土地である。しかも土地の幅が狭いうえ、賃貸物件への通路も確保する必要があるので、建物の幅は随分と限られる。結果、リビングダイニングはユニークな形となったが、今泉さんはそれを楽しんでいる。また車庫は当初近くに借りて、その分東棟を容積一杯に建て、西棟を建てる際に設ける計画に。そして4年前、東棟が完成してほどなく隣の敷地が手に入る。西棟が完成したのは、それから2年後のことだ。

最大の特徴である庭には、かなり拘っている。何社かにあたり、最終的には、現代的でありながら日本の住宅街に相応しいテイストの造園家に依頼した。メンテナンスも毎月行われ、季節ごとの庭が目を楽しませてくれる。3月末の取材時は、屋上に冬枯れの庭が広がっていた。

この屋上庭園が誕生してからというもの、隣家の皆さんは庭に面した窓のロールスクリーンを上げ、借景を楽しむようになったという。中には、窓辺に植物を飾って楽しむ住人も。また、それまで会話を交わしたこともなかったご近所さんとの接点も生まれた。屋上庭園ができて、少しずつだが街が変わり始めている。

東棟と西棟の間の幅2mの路地にも、植栽が美しく植えられている。写真の木製の扉が玄関。

家とは正反対のクルマを

ところで今泉さんは、家の好みから分かるように、「とことんイノベーティブ」なクルマが好きだが、その反対の「普遍的」な車種にも興味がある。数年前の話だが、アメリカで見かけて日本でオーダーしたテスラ・モデルSは勿論前者だ。実は予約金も納めていたが、なかなかデリバリーされずに解約。後者であるメルセデス・ベンツGクラス(2014年製)をマイカーに選んだ。仕事でも使うが、主な用途はお子さんたちと出かけるため。海にスキーにキャンプにと、家族と沢山の荷物を積むのに、四角い形状のボディと大きな荷室は極めて実用的だという。

3階リビングダイニングは、敷地に合わせ、細長く少しカーブした形。法の解釈を利用した梁の処理によって、天井を高くすることができた。壁の厚さを利用して本棚を設けている。毎晩お子さんに読み聞かせをするのが習慣。
2階の階段広場
建物南端の室内テラス。幅は狭いが日当たりが良く、植物が元気に育つ。

今泉さんが東京の生活で所有するのはGクラス1台だけだが、気になっているクルマがある。お子さんが社会科見学でポルシェの販売店を訪れ大ファンになり、「何故お父さんは911に乗らないの」と聞かれて考えたのだ。

たしかにポルシェは魅力的だが、家族4人でアウトドアが趣味だと、お子さんが好きな911は選択肢から外れる。カイエンでも荷室が足りない。だが、実家の仕事も手伝っており月に一度は帰省するので、そちらで「クルマ・メーカーであるポルシェが本気で作ったEVカー、タイカンに乗るのも楽しいのでは」。まだ見ぬクルマに想いを巡らせるのである。

今泉さんの会社の事務室。

ところで去年の末まで乗っていた旧タイプのGクラスは、お子さんとお友達を乗せると、大きなミニバンの家庭の子供たちから「狭い」と不評だった。それが新しいGクラス(2019年型)が届いて、そうした不満が出なくなったと言う。セールスマンの「走りは信じて下さい」という言葉に従い、試乗しないで買ったが「ここまで良くなったのか」と驚くほどの乗り味だとか。

もっとも10㎝以上広くなったボディのせいで、車庫入れは随分と大変になった。これは大問題である。そこで家族に新しい家を建てる事を提案した。ところがお子さんたちは大反対。理由は「この家が大好きで、引っ越したくない」から。家族かクルマか。ちょっと難しい選択を迫られている今泉さんなのであった。

■建築家:中佐昭夫 1971年 広島県生まれ。早稲田大学大学院修了。山本理顕設計工場勤務を経て独立し、現事務所を設立。住宅以外に多くの保育園を手掛けており、しぜんの国保育園では、イタリア国際建築賞をはじめ内外の重要な賞を受賞。写真は小誌2017年3月号に掲載された住宅。現在の愛車はアルファ・ロメオ75ツインスパークから乗り換えた、アルファ・ロメオ75QV。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

(ENGINE2020年6月号)