■「疲れ果て、貧乏で、打ちのめされている」

 麻薬戦争が始まった時、ピラリオ氏ら地元の人々は亡くなった人の葬儀代を支援した。1年以内に約100人が殺害された。これがやがて、ほとんど教育を受けておらず、仕事もない夫を亡くした女性たちへの支援や子どもたちへのカウンセリング提供の活動に広がっていった。

 ピラリオ氏は「子どもは大人ほど言葉で表すことができない。芸術を通じてこそ、子どもたちは自分の内側を表現できる」と述べている。

 地元の支援活動には、子ども向けの音楽、アート、ダンス教室や嵐の中の子守歌(Lullaby in the Storm)合唱団などの長期プログラムが含まれている。これらは、子どもたちを学校に通わせ、職に就けるようにし、ごみ拾いや少量の麻薬取引といった父親と同じ地元の罠にはまらないようにすることを目標にしている。

 子ども合唱団は展覧会やフィリピンの有名大学、クリスマスにはマニラ市内の家庭で歌を披露した。中でも最も印象的だったのは昨年、ドゥテルテ氏が施政方針演説を行っている近くで合唱団の代表曲「孤児の歌(Song of the Orphan)」を歌い抗議したことだ。

 売人とその利用者とされる人々が5500人以上殺された悪名高い麻薬戦争の成果をドゥテルテ氏が誇示するのに合わせ、合唱団は麻薬戦争が自分たちにもたらした被害を訴えた。この歌は冒頭にこのような歌詞がある。「私は疲れ果て、貧しく、打ちのめされ、当惑している…心から共感してくれる人を探している」

 人権団体によると、麻薬戦争の実際の犠牲者は少なくともその4倍で、人道に対する罪に相当する可能性があるという。

 だが世論調査によると、殺害が起こっているにもかかわらず、麻薬戦争は国民の圧倒的な支持を得ている。

 このような圧倒的な支持と、子どもたちも麻薬と関係しているのではないかという恐怖から、家族が殺された子どもたちは仲間外れにされたり、いじめられたりしている。

 カウンセラーのボランティアをするカロル・ダリア(Carol Daria)氏は、子どもたちは怒り、報復への衝動といった感情に今も苦しんでいると指摘する。「彼らはひどく報復を望んでいる」

 合唱団の活動は、そのような衝動を抑える一つの方法だ。

 父親を銃で殺された13歳のロンネルさんはこう話す。「世界の人たちに、私たちに何が起きているのかということと、超法規的殺人が行われたことを知ってほしい。自分たちがどう感じているのかを表現したい」

 映像は2019年11月、2020年2月撮影。(c)AFP/Joshua Melvin and Cecil Morella