【4月27日 People’s Daily】4月15日午後1時、中国湖北省(Hubei)武漢市(Wuhan)の武漢天河空港(Wuhan Tianhe International Airport)。春の暖かな光を浴びながら、北京市の協和病院の医療チームが乗った飛行機が北京へと飛び立った。新型コロナウイルス感染症に苦しむ湖北省の人々を救うため結成された最後の医療チームが離れ、80日間に及ぶ闘いは終わりを告げた。

 旧暦の大みそかにあたる1月24日夜、冷たい風が吹き抜ける武漢市に第一陣の医療チームが到着した。江西省(Jiangxi)、湖南省(Hunan)、山東省(Shandong)、黒竜江省(Heilongjiang)、陝西省(Shaanxi)など各地の医療チームが次々と湖北省の各病院に救援へ向かった。

 その2日後、協和病院の第1次医療チームの21人が駆けつけた。協和病院は3次に分けて186人のスタッフを派遣し、武漢市の華中科技大学同済病院中法新城区院に重症・危篤患者の専用病室を設けた。そして4月12日、最後の患者を病室から送り出し、最後の仕事を終えた。

 4月15日午前、協和病院のスタッフが武漢市内のホテルを出ようとすると、ホテル前には多くの市民が詰めかけていた。「彭宝(Peng Bao)さん、孫玉姣(Sun Yujiao)さん、李同(Li Tong)さん──」。ボランティアの熊浩軍(Xiong Haojun)さんは医療スタッフの名前が書かれた防護服を手に、「湖北省、武漢市の人々は皆さんの名前を永遠に忘れません」と感謝した。

 協和病院重症医学科の看護師、陳媛媛(Chen Yuanyuan)さんは手の中に、ひからびたリンゴを握っていた。リンゴには笑顔のイラストと「ICU、勝利、媛媛」の文字。「2月7日に北京を離れる時、病院から一人一人に渡されたリンゴなんです。少しも欠けることなく、北京へ持って帰ることができます」。陳さんはそう話すと、感情を抑えきれず涙を流した。

 協和病院医療チーム代表の張抒場(Zhang Shuchang)さんは離任式で「武漢は私たちの第二の故郷です。武漢の市民に敬意を表します」とあいさつした。

 午前10時45分、協和病院の医療チームは6台のバスに乗り、空港へ向かった。道路の両側では市民が国旗を掲げ、手を振り続けていた。5歳の周雪怡(Zhou Xueyi)ちゃんも「ありがとう北京、頑張れ武漢」と声を張り上げた。

 同済病院中法新城区院の胡俊波(Hu Junbo)院長は「皆さんは損得も生命の危険も顧みず、白衣の戦士として患者の命を救うために奮闘した。武漢の市民は永遠に感謝します」と医療チームをねぎらった。

 医療チームの最後の1人が空港の搭乗ゲートを通過し、全国の300以上の支援チーム、4万2000人が全員武漢を離れた。「雪の舞い散る冬にやってきて、草木が伸びて鳥が空を舞う暖かい春に帰る。今もまだ名残惜しい心情です」。張抒場さんは感慨深げに語った。(c)People's Daily/AFPBB News