【4月21日 AFP】中国・武漢(Wuhan)の歩道で、マスクを着けたまま死んで横たわる年配の男性。この強烈な映像が、今度はいつもと違うかもしれないとわれわれに教えていた。それは1月30日、AFPのジャーナリストらがこの中国の大都市で、悲惨さが増す状況を取材していたときのことだった。その映像を見た瞬間、状況は制御不能で、われわれの想像を超えるものであることが感じられた。AFPの配信先も同様に感じたようだった。エクトル・レタマル(Hector Retamal)が撮影した無名の遺体と、その周りにためらいがちに立つ白い防護服の顔も見えない当局者らの写真が、世界のメディアの琴線に触れた。英紙ガーディアン(Guardian)は「武漢の危機を捉えた画像」と見出しを付けた。まるで警告のようだった。

 だが同時に、われわれの多くは前にもこういうことがあったと感じていた。ジャーナリストは疫病の流行やパンデミック(世界的な大流行)の警告に関し、体に染みついた記憶がある。過去15年間で、われわれの中には重症急性呼吸器症候群(SARS)や鳥インフルエンザ、豚インフルエンザ、中東呼吸器症候群(MERS)などの報道にあたってきた者もいる。2018年と2014年に多くの死者が出たエボラ出血熱の流行時には、AFPの信じられないほど勇敢な同僚らが、完全防護服に身を包み、西アフリカの設備が整っていない病院内に入って報道した。われわれには決まった手順と、マスク、ゴーグルその他の防護装備があった。今回の光景がいつもと変わりなく思えたのは、状況が全く変わってしまった瞬間までだった。

南アフリカ・ヨハネスブルクのスーパーの外で、買い物客に互いの距離を1メートル以上取るよう指導する警察官(2020年3月28日撮影)。(c)AFP / Marco Longari

 われわれ取材班がフランス軍機で武漢から連れ戻されてからの2か月間に、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックはおそらく現代最大の危機となった。われわれの社会の機能に強烈な影響を及ぼし、この途方もない新たな現実を記録し説明する使命を負うジャーナリストらに、特異な挑戦を突き付けた。われわれは複雑な物語を語るという挑戦には慣れている。だが、取材すべき事柄がスタッフ2400人一人一人の生命に関わり、また、スタッフとその家族を守ることを最優先しなければならないときに、どう使命を果たすことができるのだろうか。人との距離を確保しなければならないソーシャル・ディスタンシングの時代に、どう偉大なジャーナリズムを遂行すればいいのか。

 すべてが変わったが、われわれジャーナリストの使命感と情熱は揺らいでいない。このパンデミックは、われわれに地獄の底を見るよう強いた。われわれに欠けているものを突き付け、創造的かつ率直になるよう強要した。われわれが語る物語を必要最小限まで剥ぎ取り、著しく謙虚な報道を余儀なくさせた。

(c)AFP

 AFPの200支局、1700人のジャーナリストは事実上全員、在宅で仕事をしている。パリの本社では、通常は1000人を超えるスタッフが忙しく働き、ニュースを配信している。だが、今いるのは必要不可欠な保安要員と清掃要員を入れても30~40人と、必要最小限だ。取材班がアジアから欧州、さらにその他の地域に広がるウイルスを追う中、世界中の事務所が同様の態勢を取っている。われわれは取材班の動きをつぶさに見てきた。アジア担当取材班が得た初期の教訓は、この戦闘を闘うわれわれに不可欠の弾薬をもたらしてくれた。われわれ自身が、ジャーナリストの仕事のほぼ全部が在宅でこなせることを知って驚いている。

伊ナポリの歴史地区で、ベランダからロープで「連帯の籠」を下ろすストリートアーティストのアンジェロ・ピコーネさん(2020年4月3日撮影)。(c)AFP / Carlo Hermann

 われわれの進取の技術チームは、編集のための大規模な在宅システムを緊急に構築し、複数のオンライン通信プラットフォームを活用して、安全な仮想オフィスの世界をつくり上げた。電話会議を中断させる騒々しい子どもの声や犬の鳴き声にも、ミュートボタンを使いこなすにつれて慣れてきた。コロナウイルス対策班も活況なラップトップ市場に入って備品の買い替えをしたり、手の消毒用ジェルや防護服などを必要とする世界各地の支局に毎日送り続けたりしている。

 われわれは優先順位を決めることと、できないことがあるのを受け入れることを自らに言い聞かせている。それでもAFPの配信は、各地のオフィスが3月を通して空になっても、失速することはなかった。われわれは学び、適応し、欠かすことのできない重要な記事を、いつもとは違う方法で出し続けた。これはわれわれ全員に関わる物語であり、われわれジャーナリスト全員が自らのコミュニティーに関わる部分を語ることを希望した。それは(コンゴ<旧ザイール>の首都)キンシャサであれ、(イラクの首都)バグダッドであれ、パリやニューヨークやイタリアの町コドーニョ(Codogno)と同じくらい重要だ。

ベトナム・ハノイで、新型コロナウイルス感染拡大が懸念される中、人影のない通りを行く商人(2020年3月26日撮影)。(c)AFP / Nhac Nguyen

レバノンの首都ベイルートにて(2020年3月22日撮影)。(c)AFP / Anwar Amro

 われわれが発表する世界の死者数、確認された感染者数、ロックダウン(都市封鎖)下に置かれた人の数などのデータベースは、世界各地の支局から送られてくる公式データを編集したもので、新型コロナウイルス流行に関する最も権威のある情報源の一つとなっている。それにより記事を迅速に出し、分かりやすい図表や動画で解説することができるのだ。

 医療担当班は毎日の状況と各種の指針、それにオンライン上のうわさによって生まれた穴を埋めるための専門家の分析を配信している。経済担当班は世界各地の市場の乱高下、悪循環に陥る失業者数、破滅的な国内総生産(GDP)の予想に対し、冷静な分析を提供している。

 世界に展開するファクトチェック・ネットワークは、新型コロナウイルス感染症をめぐる約600件の誤情報と偽情報を暴いた。ファクトチェック・サイトの閲覧数は急増し、3月のアクセス数は昨年全体とほぼ等しくなったほどだ。

 そして何よりも、われわれが24時間流し続ける世界の隅々からの情報は、出所が確かで正確かつ信頼性があり、臆測や恐怖を広める人々に対峙(たいじ)するための、きわめて重要な骨組みを提供するものだ。われわれのジャーナリズムが今ほど必要不可欠とされ、広範に読まれ閲覧されることはこれまでなかった。

イタリア北部ロンバルディア州のベルガモにあるパパ・ジョバンニ23世病院にて(2020年4月3日撮影)。(c)AFP / Piero Cruciatti

 今回のパンデミックは比類なき人間の物語だ。だが、胸を締め付けられる今回の危機の大きなパラドックスの一つは、その物語に顔のない人が多いことだ。

 英雄や犠牲者、物語の主人公がマスクやゴーグル、フェースシールド、病棟、検疫や封じ込め措置などの壁で隠されている。

イラク中心部の聖地ナジャフのハキム総合病院で休憩中に写真撮影に応じた、最前線で新型コロナウイルス感染患者の治療にあたる医療スタッフら(2020年4月1日作成)。(c)Haidar HAMDANI / AFP

 武漢の舗道に横たわっていた男性は、誰かの祖父かもしれない。でもわれわれは彼の身の上を知らない。新型コロナウイルスに感染していたかどうかさえ分からないのだ。

ドイツのハムにて(2020年4月8日撮影)。(c)AFP / Ina Fassbender

 AFPのジャーナリストは毎日、マスクの奥の素顔に触れようと奮闘している。カメラマンのエド・ジョーンズ(Ed Jones)は、新型コロナウイルス感染症患者を治療している韓国の病院内で、看護師らが顔に包帯やばんそうこうを付けて、防護服による擦れから守っているのに気が付いた。彼は一日中看護師の休憩所をうろつき、看護師らが通るたびに素早くポートレート写真を撮ることに成功した。また、それぞれの写真説明として、看護師それぞれにメッセージを頼んだ。看護師らはマスクを着けたままだが、そこには人間味が生まれた。

韓国・大邱の病院で、額にばんそうこうを貼って新型コロナウイルス感染患者の病棟で働く看護師(2020年3月12日撮影)。(c)Ed JONES / AFP

 看護師でカメラマンのパオロ・ミランダ(Paolo Miranda)は、イタリア北部のクレモナ(Cremona)の病院で働く同僚らの美しく、親しみのある英雄的な画像を送ってきた。感情と疲労、安堵(あんど)の瞬間が防護服を突き抜けて表れている。また、パナマ湾(Bay of Panama)の波に浮かぶ小さなボートから望遠レンズで撮った写真でわれわれは、孤立したクルーズ船「ザーンダム(Zaandam)」ののぞき窓から手を振る乗船客らの苦悩を初めて見ることができた。

イタリア・ミラノ南東にあるクレモナ病院にて(2020年3月13日撮影)。(c)AFP / Paolo Miranda

 われわれは、このような命に関わる物語を語るのが使命だと思っている。だが、それはできる限り安全に行わなければならない。病院内や病人に接する可能性のある場所での報道はすべて、AFPの各編集長による厳格な許可の手続きを経なければならない。われわれは常に、これは必要なのかと自らに問う。そして、適正な防護装備をすべて持っているかと自らに問う。そしてもちろん、ジャーナリストらがその使命に安心して取り組めるよう確かめる。それはいつも志願によるのだ。

 イラクのナジャフ(Najaf)市で何年にも及ぶ紛争を報道してきたカメラマンのハイダー・ハムダニ(Haidar Hamdani)は、病院が支給する防護服の下に、古着や青いプラスチックの覆いを身に着けると説明する。次に医療用マスクを着けて、その上にさらに大きなガスマスクをかぶり、ゴム手袋と靴の防御物の上には蛍光色の覆いをかぶせる。「万が一ということがないように」と彼は言う。

 このような勇敢な試みから生まれる多くの物語や映像は、最高位の公共ジャーナリズムだ。それはわれわれが直面している危機、例えば医療従事者に立ちはだかる超人級の課題や、人工呼吸器を使用している患者の生死の闘い、人工呼吸器の不足といった危機を理解するのに、必要不可欠なのだ。フランスの新型コロナウイルス感染患者を移送する高速鉄道TGVの特別列車に乗車したり、南アフリカのヨハネスブルクの危険な地区で夜間、警察に同行したりする際には、政府や当局の対応についても報道する。理解することが重要なのだ。

インド・ムンバイにて(2020年4月5日撮影)。(c)AFP /Punit Paranjpe

 われわれは毎日、人間的な視点を探している。当然、苦悶(くもん)の物語もある。高齢者施設で死んでいく無名の人々、家族の葬儀を禁じられる人々、ニューヨークの路上に設けられた臨時遺体安置所などだ。ティーンエージャーの娘をウイルスに奪われた家族の、心を動かされるインタビューもある。

フランス東部ミュルーズの病院にて(2020年4月5日撮影)。(c)AFP /Sebastien Bozon

イタリア・アルメにて(2020年4月7日撮影)。(c)AFP / Miguel Medina

 だが、忍耐と、場違いな陽気ささえ示す偉大な物語もある。ローマでは人々がバルコニーから歌い、ナポリの住民らは困窮する人々のための食べ物を入れたバスケットを窓から下ろす。マドリードでは近所の住民同士でビンゴパーティーを開き、窓越しに大きな声で数字を読み上げる。インドの警察官らは、コロナウイルスを模した奇妙なヘルメットを着けて笑いを誘っている。そして言うまでもなく、多くの都市で夜ごとに響く医療従事者への拍手がある。

スペイン・マドリードにて(2020年3月28日撮影)。(c)AFP / Gabriel Bouys

 われわれは絶えず適応している。ビデオジャーナリストらは、2メートルの距離を取ってインタビューする際、マイクを保持するためのポールが足りないことにすぐに気が付いた。注文していては時間がかかりすぎるので、多くの記者は一脚や棒を使って独自のものを作った。また、携帯電話をくくり付け、世界各地の人影のない大都市を自転車やバイクで走り抜けることで、最もたぐいまれなビデオ映像を創り出した。

 パリのシャンゼリゼ(Champs-Elysees)通りやニューヨークの5番街(Fifth Avenue)の人の姿のなくなった不気味な映像は、圧倒される光景だ。被害都市が新たに出ると、われわれは常とう手段を用いる。ドローンを使って収集した画像の数々は、広大な都会の中心地の静寂と空虚さを物語る力強い方法であることを理解した。

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 われわれにとって最も奇妙な事の一つは、予定されていた数々のスポーツの中止だ。スポーツイベントや試合などは、われわれの毎日の予定の大きな部分を占めている。それが消えてしまった。取材班は当然、パンデミックがさまざまなスポーツに与える影響をあらゆる側面から書き、今後の展開を分析する。過去の偉業について書く。フィットネスと健康について伝える。だが、イベントや新たな画像はない。われわれはおおむね、仮想とアーカイブの世界に置き去りにされている。

キューバ・ハバナにある建物の屋上で、空手の稽古をするアレハンドロ・ロペスさん(2020年4月7日撮影)。(c)AFP / Yamil Lage

 今、われわれはマラソン走者が最初の10キロを終えたときのような高揚感を覚えているのかもしれない。われわれは今までどうにか達成してきたことに誇りを持っているが、この先が非常に長い道のりとなるかもしれないことも自覚している。

 われわれはパンデミックがスタッフに及ぼす影響について、心理的プレッシャーと、肉体的病という非常に現実的なリスクの両方をかなり意識している。新興国にいるスタッフの多くが、医療ケアの利用に等しくあずかれるわけではないことを、これまで以上に痛感している。またわれわれの配信先も、同じような多くの苦悩に直面していることに気が付いている。これまでに、AFPのスタッフ約60人に新型コロナウイルス感染症の疑いがあったとみている。入院したスタッフはほとんどおらず、多くは仕事に復帰している。だが安心してはいない。われわれは日々のジャーナリズムの中で、このウイルスの恐怖の全容を見ているのだから。

新型コロナウイルス感染拡大の中で、ともに働いた武漢の看護師と抱き合う吉林省の医療スタッフ(赤い服)。再開した武漢の天河空港に向かう前に(2020年4月8日撮影)。(c)AFP / Hector Retamal

このコラムは、AFPのフィル・シェトウィンド(Phil Chetwynd)編集長が執筆し、2020年4月11日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。