施主と建築家、お互いの愛車がマゼラーティだったことでできた家。そこはクルマ趣味と家族の両方を大事にできる家だった。
地域特性を考慮した家
この写真は、群馬県前橋市にあるKさんのお宅の北側だ。ガレージの木製の扉を閉めれば、窓など開口部が無い閉鎖的な家になる。このデザインは故あってのもの。北関東のこの地は、冬になるとからっ風が厳しいのだ。そして群馬県は一世帯当たりのクルマ保有台数が最も多い県。この家は、屋内の車庫に縦列で2台が駐車できる他、クルマでの来客のことも考え、右手に3台分の駐車スペースが確保されている。
しかも停まっているのがマゼラーティ製のエンジンを積むシトロエンSM(1973年型)にランチア・イプシロン(2008年型)。他にも取材当日は入院していたマゼラーティ・ギブリI(1967年型)と、普段は奥様が乗るアウディA6オールロードクアトロがある4台持ちのお宅だ。所有しているクルマから分る通り、相当なクルマ好きである。Kさんは、これまでアルファ・ロメオGTV を皮切りに、マゼラーティ・ギブリカップ、マゼラーティ・クアトロポルテV8(MT)、マゼラーティ3200GTアセットコルサなど、何台ものイタリア車に乗ってきた。現在はマセラティクラブオブジャパンのメンバーでもある。
「では、『マゼラーティのバランスが良いか』、と聞かれれば疑問が無くはありません。ですが、エレガントで落ち着いていますし、実際に乗り比べ、一番しっくりきたんです」
誤解しないで頂きたいのは、乗り物好きである以外、Kさんは「地方都市に暮らす普通の市民」であること。毎日のように仕事に出かけ、小さな3人の子供がいて、限られたお金でクルマのある生活を楽しんでいるのだ。修理代が負担になり、手放したクルマだってある。だから、「主治医と患者の関係という訳ではないですが、しっかりした信頼関係のできたお店にクルマをお願いしています」と話す。何でも相談できる、長い関係は重要だ。
「なにより僕の家族のことを知ってもらっているのが大きいですね。その上お互いのテイストも分っているので安心感がありました。間違ってもビックリするような提案をすることはないと」
Kさんは二人に設計を依頼した理由をこう話す。K+Sアーキテクツは、これまで前橋で何軒も家を建ててきた。お施主さんに引き渡す前、関係者などに家を公開する「オープンハウス」に足を運んだ経験もある。どんな家を設計するかKさんは分っていたのだ。鹿嶌さんたちのアドバイスもあり、土地はいくつかの候補の中から、高台にある緑の公園を望む場所に決まった。ここなら前に建物が建つ心配がない。この家が「終の棲家になれば」と思う家主にとって最高の場所だろう。
興味深いのはお子さんたちの反応だ。プラグを替えるなど、屋内のガレージで作業をしている父親を見つけると、「パパ!」とリビングからガラス越しに手を振ってくるというのだ。「大人になっても、こうした父親の姿を記憶しくれているのではないでしょうか」
嬉しい話ではないか。ガレージは自分の趣味のために作ったかもしれないが、家は家族のためのものなのだ。そんなKさんは、「現在所有しているクルマの中で、最後まで持っているのはイプシロンかもしれません。多くの方は『足グルマ』と思うかもしれませんが、僕は『趣味のクルマ』と思っています。ランチアは歴史のあるブランドで、運転して楽しく、奥深いところがありますから。しかも家族全員の5人で乗れるんです。いつか皆で旅に出られたらと思ってるんです」
やはりクルマのある生活は素晴らしい。
文=ジョー スズキ 写真=山下亮一
(ENGINE2016年3月号)
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