安全基準や空力の課題

原寸大モデルに移行してからは、デザイナーとスタジオ・エンジニアとの共同作業が重要になってくる。スタジオ・エンジニアとはデザイン部に所属するエンジニアのことで、他の部署との窓口になってくれている。デザイナーたちの要求を理解し、先鋒となって他部署と戦ってくれる重要なチーム・メンバーである。

彼らから重要なハード・ポイントや設計要件、法規関係などのブリーフィングがある。ハード・ポイントとは設計上無視出来ない様々な座標のことで、ボンネットの高さや屋根の高さ、ボディ断面の厚さなど、すべてカバーしなければならない数字があり、やみくもに屋根を低くしたり、ボディ断面をスリムにしたりすることは出来ない。

法規関係とは国によって定められている数々の安全要件のことで、意外と知られていないが、特にクルマのフロント部分については沢山の安全基準によってがんじがらめに縛られているといっても過言ではない。ノーズの丸さ、シ ャット・ラインの位置、ヘッドライトや補助ライトの高さ、バンパーの高さや幅など挙げればキリが無い。国によっても微妙に違うので、全世界でクルマを販売しようとすると大変である。 

スタジオ・エンジニアとアイデアを出し合いながら案件を一つずつ潰していく。もし解決方法が部品の値段や製造コストにかかわるようなら、役員会の議題の一つとして提案する。もし法規や安全基準によってスタイリング上の要望が満たせない場合、私たちデザイナーは譲歩という解決方法を迫られる。いくら地面すれすれにヘッドランプをレイアウトしたくても、法規上、地上から何mmと決められている限りは従来の方法では対処出来ない。

デザイナーの本質は問題解決能力である。そして、こうした要件や法規が新しいアイデアの出発点になったりもするのだ。

次に重要なのが空気力学である。クルマの燃費、走行安定性を考えた時、空力は量産車、ましてやスポーツカーにおいては最重要課題のひとつだ。クルマのデザインは直接空力に影響する。スケール・モデルの段階から風洞に持ち込んでテストする。もちろん、原寸大モデルになってからも幾度もテストを繰り返して最適化していく。すなわち、スタイリングと空力の両部門が譲歩できるぎりぎりの場所を探す。デザイナーもモデラーも風洞に張り付いて、空力エンジニアと一緒に問題がありそうな部分を最適化していく。それこそ粘土を盛っては計測し、削っては計測しといった作業を繰り返す。

ポルシェをポルシェたらしめる要素の一つにフライラインがある。自動車を横から見た時、フロント・ウインドウから屋根そしてリア・ウインドウに繋がるなだらかなラインのことだ。911にルーツを持つこのラインは、ポルシェがつくるすべてのモデルにとって重要な意味を持つ。

しかし、空力的見地からみると、911のフライラインは決して最適解とは言えないのである。前方から 受けた風はフロント・ウインドウに当たり、一気に屋根に駆け上る。そして屋根を伝い後方に流れていくわけだが、911のルーフ・ラインは急激に下がっているので、空気のボディからの剥離が起こる。その結果、リア・タイヤに十分なダウンフォースがかからないのだ。

911のような後輪駆動車にとって、リアのダウンフォースの量はハンドリングにかかわる重大事だ。そこで考え出されたのがアダプティブ・スポイラーである。普段のシルエットを犠牲にすることなく、要求されるダウンフォースを得る、まさに美と機能を両立させた解決方法と言えるだろう。

991型の開発目標の一つに空力、特にダウンフォースの大幅な向上があった。原寸大化された2台のモデ ルとも、そのスポイラーの新解釈をスタイリング・テーマとして打ち出していた。

一見991前期型と同じようだがバンパー、ライト、スポイラーも新設計。スポイラーは、前期型に比べ20mm高くなって空力も向上している。サイドに開けられたエア・アウトレットもより大きくなり機能も向上している。スケッチではよく見えないが、エンジン上部の独立した2つのエア・インテークがリア・ビューの萌えポイント。