2020.05.15

CARS

「ポルシェをデザインする仕事」第3回/山下周一 (スタイル・ポルシェ・デザイナー) 独占手記

入社後、比較的初期に携わったプロジェクトのひとつ、997スピードスター。997をベースに専用アルミ製トノーカバー、キャンバスルーフを備える。初代3 56スピードスターにちなんで356台のみの販売で、日本にはわずか6台が割り当てられた。クーペの2+2シートは完全に2シーターとなり、その代わりトノーカバーの下には比較的大きなストレージが備わる。

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スケッチ・レヴューを経て、プレゼンテーションへ。スケール・モデルが作られ、徐々に候補が絞られていく。


第3回「原寸大モデルができるまで。」

前にも書いたように、スケッチが始まると定期的にスケッチ・レヴューがある。2006年当時、私はまだ手描きのスケッチをコピーして張り出していた。配属されたスタジオ4の壁には元々フルサイズ・テープ・ドローイング用に作られた縦2m×横5m程もある真っ白いスライディング・ボードがあり、そこにデザイナー達が描いたスケッチを張るようになっていた。ボードは2枚重ねで、1面が一杯になるとスイッチ一つでその大きなボードがブイーンと音を立てながら上部に移動し、2面が現れる。必要ならば上下を入れ替えることもできるようになっていた。ボードは私の席のすぐ後ろにあったので、好きな時に貼ったり剥がしたりできた。


そういえばアートセンターの学生時代には教室で自分の作品を貼るための場所取りのために人より早く学校に行ったものだ。でも必ず一人、二人は先に来ていて熾烈な場所取り競争が繰り広げられた。特に大きな作品を貼る時には場所取りは 死活問題で、下手をするとせっかく徹夜で描いた作品が貼れない事態が発生することもあった。みんな必死なので誰も場所を譲ってくれない。少なくとも私は譲ったことなど無かった! さすがにポルシェではそんな事態は起こらなかったが......。


レヴューの時間になるとチーフ・デザイナー、またはデザイン部長が個々のスケッチを眺めて行く。デザイナー達も一緒に同僚の描いたスケッチを見て回る。自分の番になるとスケッチやアイデアの説明をして、それに対して同僚もいろいろ好き勝手に意見を言ったりする。レヴューは進捗状況を見る要素が強いのでカジュアルな雰囲気で、ボス陣も良いこと悪いことをあれこれ言ったりしてフランクに行われる。


だが、節目節目のプレゼンテーションは、もっとフォーマルに行われる。そこではなんらかの選択、選別が行われるので真剣になるのは当然である。内容以外の不公平感を排除するため、同じフォーマットに合わせた大きなポスターを各自コンピューター内で作り、そこに自分のデザイン・テーマが良くわかるように厳選して数枚のスケッチをレイアウトする。それらのポスターは、大きくプリントアウトされ綺麗に片付けられた静かな部屋に整然と飾られ、部屋の中はある種の緊張感に包まれる。


最後の2台が選ばれる日

通常ポルシェにおいて会社重役へのプレゼンテーションはデザイン部長を通してのみ行なわれ、デザイナーが参加することは許されない。又スケッチをそのまま重役に提案することはほとんどせず、あくまでスケール・モデルでのプレゼンテーションもしくはCG(コンピューターで制作されたモデル)のみとなる。スケッチをどう読み取るかは個人によって開きがあるので、その段階での選別は部長が全責任を負うということであろう。


プロジェクトのステージが上がってくると、最初は10台近くあったスケール・モデルが段々と絞り込まれ、数を減らしていく。エクステリア・デザイナーにとって原寸大モデルに移行できるかどうかは 大きな試金石となる。991プロジェクトでは原寸大モデルにするのは2台と決まっていた。


それが決まる日は、私も朝から落ち着かない時間を過ごしていた。前日のうちにスケ ール・モデルの塗装は終わっており、後は最終艤装を施すのみだった。予め手配してあったヘッドライトや、バックミラー、タイヤ、ホイールといった部品をモデルに取り付けていく。原寸大のプラモデルみたいなものである。一つ大きく違うのは、シャット・ライン等を表現するための細いICテープと呼ばれる柔軟性のあるテープを使って、ドアやボンネットのシャット・ラインや、バンパーのパーティング・ラインを表現していく点であろう。シャット・ラインといえども重要なスタイリング・ エレメントなので、それを表現するのにはとても神経を使う。


「ドア・シャットは黒の1mm幅だろ?」「黒1mm幅がない?」「このテープ借りて も良いか?」「ダメ?」「1・5mm幅ではどう?」「バンパーのシャット・ラインは0・5mm?」「グレーのテープにしろ?」「そんなのないぞ!」「白テープをマーカーで塗れ?」「コピックのグレー6番で2回」......などと、カーデザイン関係者以外には通じないであろう様々な会話が交わされているうちに、どんどんプレゼンの時間は迫ってくる。


そんな中、部長のマウアーも重役へのプレゼンテーションに向けてモデルの出来映えを見にやってきた。私が忙しくしている脇で、じっと壁のドローイングと私のスケール・モデルを見比べ、腕を組んで何か考えている。“うう、まずい。何か不備があるのか?” でも、そんな怯えはおくびにも出さず、じっと待っていると、「スーイチ、このリアの穴だけど何か足らないと思わないか? スケッチにあるあのパーツを付けた方が良い」という指示が飛び出した。


プレゼンテーションまであと2時間。そばにいて一緒に聞いていたモデラーのチャーリーの方を見ると、目をつむってそっと頷く。チャーリーのお陰で1時間後にはそのパーツは見事に出来上がっていた。でもいざ取り付けて見るとなんかしっくりこない。どうも厚みが足らないようだ。恐る恐る、「チャーリー、さっきのパーツちょっと薄すぎて頼りない。大変申し訳ないんだけど少し厚くできない?」と言うと、チャーリーはニッコリ微笑んでポケットからさっきと同じパーツをもう一組取り出し、「そういうこともあるんじゃないかと思ってね」と言ってその部品を私にくれたのだった。2枚重ねにしたそのパーツは綺麗に塗装されて、無事にモデルに取り付けられた。


さて、マウアーが最終確認にやってきた。再び私のモデルを見て、「うーん、やっぱりいらないな」。いやはや、二次元と三次元は違うのだ。


2010年に発売された997スピードスターは、911に比べ60mm低くブラックアウトされたフロント・ウインドウと高いダブルバブル・デッキのおかげで独特のプロポーションを見せる。この位置から見るとベルトラインがデッキ(トノーカバー)にまで繋がっているのがわかる。ヘッドライトのブラック・リング、サイドのブラック・ストーンカバー、左右2本出しのブラック・エグゾーストパイプもこの車の特徴。


原寸化され、青空の下に

やがてデザイナーやモデラーは部屋から追い出され、重役と各部署の責任者が次々と部屋に入っていよいよプレゼンテーションが始まる。そこでどのような議論が交わされたかは、その時点では知る由も無い。数時間後、スタジオに広がるホッとした空気に気づいて先程のプレゼンテーション・ルームに行って見ると入 口のドアは開いたままで、もうすでに終了しているようだ。


恐る恐る中に入るとほとんど人がおらず、上司のデザイナーとひとりの同僚のみだ った。数台のスケール・モデルに囲まれて何か談笑している。上司がこちらに気づいて微笑みながら近づいてきた。そして一言、“congratulations, you got it through”(おめでとう、通過したよ)


2つのスケール・モデルはすぐさま3Dスキャンされ、そのデータを元に原寸大モデルが製作される。デザイン検討用原寸大モデルは、通常クレイと呼ばれる工業用粘土で作られる。鉄骨で組まれたフレームに発砲スチロールで大体の形を作り、その上に厚さ10cmから20cmほどのクレイを盛る。やがて室温で固まったクレイを今度は先程取り込んだ3Dスキャン・データをもとに3軸のミリング・マシーンで削っていく。この 3Dスキャナーとミリング・マシーンの登場は自動車モデリングの世界を大きく変えてしまった。


かつては モデラーたちが膨大な時間をかけて手作業でやっていたことを、今では マシーンが夜中や週末に終えておいてくれる。お陰でデザイナーは、より早く形を確認することができ、クリエイティブな作業にもっと時間を使うことが可能になった。


原寸化された私のモデルはモデラーたちの手によって表面をなだらかに削られた後、ダイノックという薄いフィルムで銀色に塗装され初めて外にあるヴューイング・ヤードに引っ張り出された。当時の現行911と共に並べられたそのモデルは空の青と地面のアスファルト色を反射して、ドイツのキリッとした青い空の下でとても神々しく見えた。


文とスケッチ=山下周一
(ENGINE2018年9月号)


山下周一(やました・しゅういち)/1961年3月1日、東京生れ。米ロサンジェルスのアートセンター・カレッジ・オブ・デザインで、トランスポーテーション・デザインを専攻し、スイス校にて卒業。メルセデス・ベンツ、サーブのデザイン・センターを経て、2006年よりポルシェA.G.のスタイル・ポルシェに在籍。エクステリア・デザインを担当する。

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