最後の2台が選ばれる日

通常ポルシェにおいて会社重役へのプレゼンテーションはデザイン部長を通してのみ行なわれ、デザイナーが参加することは許されない。又スケッチをそのまま重役に提案することはほとんどせず、あくまでスケール・モデルでのプレゼンテーションもしくはCG(コンピューターで制作されたモデル)のみとなる。スケッチをどう読み取るかは個人によって開きがあるので、その段階での選別は部長が全責任を負うということであろう。

プロジェクトのステージが上がってくると、最初は10台近くあったスケール・モデルが段々と絞り込まれ、数を減らしていく。エクステリア・デザイナーにとって原寸大モデルに移行できるかどうかは 大きな試金石となる。991プロジェクトでは原寸大モデルにするのは2台と決まっていた。

それが決まる日は、私も朝から落ち着かない時間を過ごしていた。前日のうちにスケ ール・モデルの塗装は終わっており、後は最終艤装を施すのみだった。予め手配してあったヘッドライトや、バックミラー、タイヤ、ホイールといった部品をモデルに取り付けていく。原寸大のプラモデルみたいなものである。一つ大きく違うのは、シャット・ライン等を表現するための細いICテープと呼ばれる柔軟性のあるテープを使って、ドアやボンネットのシャット・ラインや、バンパーのパーティング・ラインを表現していく点であろう。シャット・ラインといえども重要なスタイリング・ エレメントなので、それを表現するのにはとても神経を使う。

「ドア・シャットは黒の1mm幅だろ?」「黒1mm幅がない?」「このテープ借りて も良いか?」「ダメ?」「1・5mm幅ではどう?」「バンパーのシャット・ラインは0・5mm?」「グレーのテープにしろ?」「そんなのないぞ!」「白テープをマーカーで塗れ?」「コピックのグレー6番で2回」......などと、カーデザイン関係者以外には通じないであろう様々な会話が交わされているうちに、どんどんプレゼンの時間は迫ってくる。

そんな中、部長のマウアーも重役へのプレゼンテーションに向けてモデルの出来映えを見にやってきた。私が忙しくしている脇で、じっと壁のドローイングと私のスケール・モデルを見比べ、腕を組んで何か考えている。“うう、まずい。何か不備があるのか?” でも、そんな怯えはおくびにも出さず、じっと待っていると、「スーイチ、このリアの穴だけど何か足らないと思わないか? スケッチにあるあのパーツを付けた方が良い」という指示が飛び出した。

プレゼンテーションまであと2時間。そばにいて一緒に聞いていたモデラーのチャーリーの方を見ると、目をつむってそっと頷く。チャーリーのお陰で1時間後にはそのパーツは見事に出来上がっていた。でもいざ取り付けて見るとなんかしっくりこない。どうも厚みが足らないようだ。恐る恐る、「チャーリー、さっきのパーツちょっと薄すぎて頼りない。大変申し訳ないんだけど少し厚くできない?」と言うと、チャーリーはニッコリ微笑んでポケットからさっきと同じパーツをもう一組取り出し、「そういうこともあるんじゃないかと思ってね」と言ってその部品を私にくれたのだった。2枚重ねにしたそのパーツは綺麗に塗装されて、無事にモデルに取り付けられた。

さて、マウアーが最終確認にやってきた。再び私のモデルを見て、「うーん、やっぱりいらないな」。いやはや、二次元と三次元は違うのだ。

2010年に発売された997スピードスターは、911に比べ60mm低くブラックアウトされたフロント・ウインドウと高いダブルバブル・デッキのおかげで独特のプロポーションを見せる。この位置から見るとベルトラインがデッキ(トノーカバー)にまで繋がっているのがわかる。ヘッドライトのブラック・リング、サイドのブラック・ストーンカバー、左右2本出しのブラック・エグゾーストパイプもこの車の特徴。