■女性の仕事をする男性

 年配の島民12人は週1回朝のコーヒーを共にし、ニシンの塩漬けやビスケット、チョコレートが並んだ机を囲みながら、うわさ話や昔話に花を咲かせる。この日の話題は、昔は女性だけがしていた陸の仕事を男性がするようになったという話だった。

 メラッセ・サルメ(Merasse Salme)さん(68)が横にいる夫を見ながら、「オスカルは初めて畑仕事をした男性の一人だった」と言うと、他の女性たちは「男性が畑仕事をするのを見て、みんなで笑ったものだった」と応じた。

 観光も島にとって重要な収入源となっているが、訪問が可能なのは夏の3か月だけだ。昔のままの生活を見に毎年国内外から最高3万人が訪れる。ホテルやレストランはないため、島民が自宅に観光客を泊めている。

 キヒヌ島のもう一つの伝統文化は、織物や複雑な模様が入った手袋や靴下だ。工芸品の販売もするマタスさんは、今では大量生産の衣服が手に入るため商売にならないとこぼす。「昔、大切だったものはみんな、今では大切ではなくなってしまった」

■文化の守り手

 男女の役割はあいまいになってきているかもしれないが、今もはっきりと女性の仕事となっているものが一つある。文化の伝承だ。

 キヒヌの多くの祝祭は冠婚葬祭と同様に、すべて念入りに昔通りに行われている。歌や踊りが何日も続くことがあり、紀元前から伝わる儀式もある。

 フォーク歌手のビルべ・コスター(Virve Koster)さん(92)は、キヒヌで最も有名な女性だ。今もなお、国内演奏ツアーを行っている。

 コスターさんはキヒヌ女性の不屈の精神を体現していると言われることも多い。島の生活や自然、とりわけ愛についての歌400曲を通じて、コスターさんは喜びと名声を手にした。

 キヒヌの住民の多くは島を出て行った。だが、戻って来た人もいる。

 バイオリン教師のマリア・マイケルソン(Maria Michelson)さんは、大学を終えキヒヌに戻ってきた。今は島の子どもたちにキヒヌの伝統音楽を伝えている。

 マイケルソンさんは、インターネットと1日2本の本土へのフェリー便は、島の生活に大変革をもたらしたと語る。そして、キヒヌの伝統的生活の行末に思いを巡らせる。

「私たちのこの文化は、この新たな世界に太刀打ちできるのだろうか」「いずれ分かるだろう」 (c)AFP/Polina KALANTAR / Sam KINGSLEY