■不正侵入に対する懸念も

 ザイツェフさんにとってバイオハッキングとは、具体的なタスクをこなすためのテクノロジーの活用だという。「例えばマイクロチップのような、現実(世界)で確実に作用するものを埋め込むことがそうだ」

 現在、体内にマイクロチップを埋め込んでいる人がロシアにどれだけいるのかと質問すると、ソーシャルメディアを通じたコンタクトから「1000人程度はいる」との答えが返ってきた。

 世界では、体内に移植されたこうしたマイクロチップを使って、車の始動やスマートフォン、コンピューター、プリンターなどの起動、体温の監視や個人の医療情報の保存、さらには名刺として利用する人までいる。中には、技を磨く目的で利用するプロのマジシャンも存在するという。

 個人の行動の監視やチップへの不正侵入に対して懸念を表明している人ももちろんいる。だが、チップを埋め込んでいるロシア人はまだ少数にとどまっており、スマートフォンのようにユーザーの位置情報を発信することもできない。

■移植手術はワンルームの部屋で

 米粒よりわずかに大きいチップの埋め込み手術は、ザイツェフさんのワンルームの部屋で行われている。料金は2000ルーブル(約2900円)で、これまでに約50人に施術したという。埋め込みを希望する人の大半は35歳以下の男性のようだ。

 その一方で、マイクロチップを埋め込む余裕などないと話すバイオハッカーもいる。

 起業家のスタニスラフ・スカクン(Stanislav Skakun)さん(36)は、数千年単位での寿命の延長が議論される「トランスヒューマニズム(超人間主義)」のコンセプトを説明しながら、バイオハッキングとは人の命を延長させることを目的としたものだと言い切る。

「まだ寿命を延長させるための最適なチップは見つかっていない…この時点でチップを埋め込むことの意味は見いだすことができない」と話すスカクンさんは、チップを移植する代わりに自身の体を厳しくモニターしている。

 定期的に受診する民間の診療所では、試験管約20本分の採血を健康管理のために行っている他、数百のバイオマーカー測定、ビタミン剤とサプリメントの日常的な大量摂取などを過去5年にわたり続けているという。サプリメントにはヨウ素、ビタミンD、マグネシウム、プレバイオティクスが含まれている。

 さらに健康面での危険因子を特定・補正するための遺伝子検査に加え、炎症、コレステロール、ブドウ糖、骨密度、ストレスホルモンのコルチゾール、免疫系のはたらきを調べる検査も受けている。

 スカクンさんの願いは、長生きして、寿命が科学の進歩により大幅に延びるのを見ることだ。「がんやアルツハイマー病、心臓疾患を克服できれば、事実上すべての死亡原因を防ぐことになる」とスカクンさんは語る。