【3月6日 AFP】香港に住む私の友人の友人が最近、新型コロナウイルスが人から人へ飛沫(ひまつ)感染するなんて信じない、と言ったそうだ。使い捨てマスクをしながら、同僚たちに皮肉でなく自信たっぷりにこれを語ったのは、若くて教養もキャリアもある男性だった。その主張の出所はどこか。メッセージアプリ「ワッツアップ(WhatsApp)」のグループチャットに書きこまれた、無名の医師の言葉を引用したメッセージだ。この話を友人から聞いたとき、私はあぜんとした。教養もキャリアもある人が、こんな露骨な誤情報に引っかかるなんて。
 

タイの首都バンコクの通りを歩くマスクをした女性(2020年2月13日撮影)。(c)Mladen ANTONOV / AFP

 世界は新型コロナウイルスの地球規模の大流行に耐え忍んでいる。COVID-19を発症させるウイルスは今や、60か国以上に拡大している。同時に、インターネット上ではウイルスに関する誤情報が大流行している。ソーシャルメディアのユーザーが誤解を招く報道や陰謀説を共有しているのだ。

韓国・加平で行われた統一教会(世界基督教統一神霊協会、現:世界平和統一家庭連合)の合同結婚式に、マスクをして出席するカップル(2020年2月7日撮影)。(c)Jung Yeon-je / AFP

 私はファクトチェック(真偽検証)の仕事をしているので、誤情報には慣れている。たいていはインターネット上で飛び交い、大ニュースが出るとほぼ必ず急増する。誰でもそれに引っかかる可能性はある。私も今回の感染拡大で改めて目にしているところだ。

 プラス面は、誤情報が氾濫することで、香港のファクトチェック班の私や同僚らの仕事が決して暇にならないことだ。私はアジア太平洋地域の10の国・地域の記者や編集者のチームと仕事をしている。私たちは毎日、ファクトチェックの公式ブログとツイッター(Twitter)に記事を載せる。少なくとも過去1か月間は、取り扱うニュースのリストはCOVID-19に関する誤情報に占められていた。私たちは世界中で、英語だけでも数十件のがせネタを暴いた。アジアの私の担当地域は特に多忙だった。

ネパールの首都カトマンズのダルバール広場でマスクをして歩く住民(2020年2月10日撮影)。(c)AFP / Prakash Mathema

 私たちが取り組んだのは、予防法や治療法とされる怪しい助言や、さまざまな都市や国の新たな感染例についての虚偽報道、このウイルスの発生源に関する陰謀説と中国における対応状況、さらに医師がどのように感染の広がりを予想しているかについてのとっぴな主張など、すべてだ。悲しいことに、誤情報の波には決まって、中国人とその文化を嫌悪するコメントが伴う。このウイルスが何か、中華民族に生まれついているかのように不当に示すのだ。

朝のラッシュアワーにマスクをして職場へ向かう人々。東京・品川駅で(2020年2月28日撮影)。(c)AFP /Charly Triballeau

 インターネット上で拡散している、このウイルスに関する誤りをつきとめる仕事から離れているとき、私は日常生活の中でウイルス誤情報の影響に耐え忍んでいる。ここ数か月の香港の状況は、時に現実離れしているように感じられた。 ワッツアップや微信(WeChat、ウィーチャット)、フェイスブック(Facebook)で拡散したデマは、ウイルス感染拡大の影響で中国本土からのトイレットペーパーの供給が滞り、香港で品切れになる恐れがあると示唆していた。香港に住む中国人の間で出回っていたあるメッセージはこうだ。「速報! 少なくとも2か月は(中国は)トイレットペーパーを製造しない。トイレットペーパーの原料も提供しない…誰も工場に働きに行かないからだ」

 拡散されたこのデマはパニック買いを引き起こし、その結果、多くのスーパーマーケットでトイレットペーパーが売り切れとなった。それに続きソーシャルメディアに投稿されたパニック買いの動画や写真が、さらなるパニック買いを引き起こしたとみる人々もいる。私の友人のジャーナリズムの教授は、このメッセージは「自己実現的予言」、すなわち、最初は不足する恐れがなかったとしても、危機が終わるまでにはその恐れが現実になるのだと指摘した。

 もう一つの気がかりな傾向は、香港でのウイルス拡散の恐れが高まる中でのマスクのパニック買いだ。私の家の近くの薬局では土曜日の朝になると、使い捨てマスクが大量に納品されるのを狙って、数百人の人々が行列するのがお決まりになっている。不安がかつてなく高まる中、マスクに法外な値段を付ける店もある。

 香港当局は概して、ウイルスから身を守るのにはマスク着用が良いと、強調している。だが、その助言もまた、他の国際保健機関や医師らからは疑問視されている。コロナウイルスの小さな粒子はマスクを通りぬけたり、脇から入り込んだりする恐れがあるため、マスクでは一定程度の保護しかできないと示唆されているのだ。さらに、ウイルスは目から入り込むこともあるという。これら専門家は、ウイルス対策として取るべき主要な実際的措置として、規則正しく手を洗い、ウイルス感染症の兆候を感じた場合には自己隔離することを強調している。

 この相反する助言が、マスクについてのオンライン上の誤情報の中で、さらに流布されている。香港はじめアジア各地でのマスクのパニック買いに続いて、私たち香港チームが目にした人を惑わすソーシャルメディアへの投稿は、使い捨てマスクを蒸して有害な細菌を殺し、再使用するようにとの主張だった。特に誤解を与える動画は、中国のソーシャルメディアの微博(Weibo、ウェイボー)に投稿された、医師とされる人物が登場するもので、閲覧回数は数万回に達した。この誤った主張を取り上げたのが、香港の親中派議員だ。彼女はこの主張がメディアに疑問視された後もなお、強力に支持した。情報が誤りであると証明された後でさえ、責任ある立場の人たちが後押ししているのを見るのは残念だ。

 また、スリランカでは、フェイスブックに投稿されたマスクの着用法が誤りであることが判明した。タイでは、これもまたフェイスブックに、保健省が公式認可したとされるマスクを示す解説画像が投稿されたが、間違いだった。これらの誤解を招く投稿は、このウイルスから身を守ろうとしたときに、必ずしも当局筋の情報を探さない人々に対し、命に関わる影響を及ぼしかねない。

中国・新疆ウイグル自治区アルタイ地区を目指す警察官ら。マスクを着けた一行は、新型コロナウイルスの感染予防啓発のために、同地区の住民のもとに馬で向かう(2020年2月19日撮影)。(c)STR / AFP

 ここ数週間の取材で学んだのは、私たちがオンラインで遭遇する中で最も大きい被害を受けるのは、おそらく健康に関する誤情報だということだ。文字通り、命取りとなる恐れがある。新型コロナウイルスに対する狂気じみた対処法が今、この瞬間にも大量に拡散している。医師らは、そのどれも効かないと教えてくれた。信頼できる保健体制のある先進国で快適に暮らす人々は、このように提起された対処法のどれもが人々を惑わしかねないという考えを、笑い飛ばすかもしれない。だが、発展途上国の人々の状況は全く違うのだ。このような人々は良質な医療サービスの利用や、新型コロナウイルスについての正しい医学的助言を得られないのだ。この種の誤情報に最も侵されやすい人々だと言えるかもしれない。

下校前に手を消毒する大阪の小学生ら(2020年2月28日撮影)。(c)AFP / Str

 だが、私が香港で知ったように、正しい情報や良質の保健を利用できる人々でさえ、たった一つのワッツアップのメッセージに惑わされることがある。私たちはみな、オンラインで目にした情報について、もしそれが確認できない筋から出され、とりわけ私たちの健康に関するものである場合には、懐疑的になり疑問を持つべきなのだ。

中国・北京の公園でベンチに座るカップル。新型コロナウイルスの感染予防としてマスクを着用している(2020年2月25日撮影)。(c)AFP / Nicolas Asfouri

このコラムは、AFP香港支局のファクトチェック・エディター、レイチェル・ブランディ(Rachel Blundy)記者が執筆し、2020年3月2日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。