ワーゲンは毎日の足

表面を黒く焼いた杉材が、家の壁面を覆う齋尾智明さん(38歳)のお宅。クルマは2台のヴィンテージ・ワーゲンだが、家は随所に日本建築のエッセンスが散りばめられた、現代的な住宅だ。この組み合わせが、なんとも個性的である。

齋尾さんがこれまで乗ってきたクルマは、フォルクスワーゲンばかりだ。学生時代、クルマを求めて近所の中古車販売店を訪ねたところ、そこはワーゲン専門店。ビートルを手に入れると、すぐに同メーカーの古いクルマの虜となった。現在もバスのようなタイプⅡ(1956年型)と、タイプⅢバリアント(1967年型)を所有している。雨の降らない日は、片道1時間半の道のりを、タイプⅡでオフィスまで。ただし雨の日は別だ。クルマが錆びる恐れがあるので、公共交通機関を利用する。多くのヴィンテージ・ワーゲン愛好家と同様、洗車は行わない。一方タイプⅢは、奥さんのリクエストもあって選んだものだが、マニュアル・シフト車だ。そのため奥様はAT限定だった免許を取り直し、毎日の脚にしている。こうして2台のヴィンテージ・ワーゲンは、齋尾家の通勤や買い物、時にはレジャーにと、日々活躍しているのである。

北側のバス通りから見た齋尾邸は、南側からの眺めとは異なるモダンなもの。2階には大きな窓が設けられているが、バスの乗客と目が合うレベルに窓は存在しない。車庫の扉は4枚の格子戸で、軽く簡単に移動できる。
玄関は車庫の中にあり、人の出入りには、少し小ぶりな一番右の引き戸だけを使用する。来客用の駐車スペースも車庫前に確保した。

建て主の希望は和風の家

さて、二人のお子さんの将来を考え、齋尾さんが土地を取得したのは、都会にも近いが自然もあり、たまに夫婦でお洒落な店にも出かけることができる鎌倉の地。好みの和風の家を建てるべく、ネットで建築家を探し、実際に会って話を聞いたうえで、最も共感を覚えたのが、acaa建築研究所を主宰する岸本和彦さんだった。岸本さんの発想は、建築界の主流となるモダンな合理主義とは正反対のもの。和を意識しているが、伝統的な日本の建築様式そのものではなく、環境と人間の行動を考慮したものだ。勿論、この建築家がBMW2002に乗っている事も、安心して設計を依頼した理由のひとつだろう。

さて、齋尾さんが希望したのは、一生住むことができる、2台のワーゲンが屋内から見える家。ところがこの家は、リビングの巨大なガラス越しに車庫が眺められる、世に多いガレージハウスとは異なるものだ。岸本さんのポリシーは、「多くの人は家造りの知識を、量産住宅を手掛けるメーカー等から得ているので、要望を言葉通りに捉えるのではなく」、プロとしてより建て主の理想に近づく提案を行うこと。齋尾邸の場合、「北側のバス通りと南側の緑道に挟まれた三角形の敷地であることから、この家の間取りの多くが決まった」

 
建物を横から見ると、南側(右写真の右手)が1階建てで、北側のバス通り側が2階建てになっているのが分かる。

日本建築の発想を導入

例えば一階の東側は、畳が3枚敷かれた部屋である。和室の多くは、年に数回しかない来客用となることが多いが、齋尾家ではこの部屋をテレビルームとして毎日使用している。ひとつの部屋を、複数の目的で利用するのは、日本の家の大きな特徴だ。しかもこの部屋の畳に座れば、低い位置にあるガラス窓越しに、車庫に停まる2台のワーゲンが見えるのである。このような方法で、建築家は建て主の希望を実現させた。一方、玄関から一階に上がって右手に曲がれば、黒い杉板で囲われたキッチンの前に出る。齋尾さんの奥様は「オーダーで家を作るのだから、大きなキッチンに憧れたが、岸本さんが薦める必要にして十分なキッチンにして、結果的に大成功。緑道が眺められるのも気持ちよい」と話す。しかも、帰宅した誰もがキッチンの前を通る動線である。このように、料理をしているお母さんが家の中の気配を感じられる間取りとしたのは、建築家の配慮に他ならない。

ここが齋尾邸のハイライトとなる、縁側のような「下の間」。黒い杉板が張られた部分がキッチンで、ここからも緑道の木々が見える。
和室の左手の窪みの奥にあるガラス窓から、クルマが見える構造。
和室下の空間もデッド・スペースにしないで、一段掘り下げて以前使っていたソファを置き、隠れ家のような空間に。
齋尾さんはバイクも好きで、休日は子供が起きる前にハーレーで出かけ、海沿いのカフェでコーヒーを飲んで帰ってくることも。
家族が普段から集まるスペースから最も離れているのがトイレと風呂場で、1階の暗い路地のような廊下の先に位置している。かつてはどの家にも暗がりがあったが今は無いため、お子さんの友達はこの廊下が怖く、連れ立ってトイレに行くとか。
風呂桶も洗面まわりも木が用いられ、寛ぐ雰囲気に。

廊下以上部屋未満の空間

キッチンの先にあるのが、階段状のダイニング・スペースである。階段の一部はテーブル用のベンチの役割を果たすが、殆どは特段用途の無い二階への大階段だ。齋尾さんが昼寝をすることもあれば、お子さんが友達と大騒ぎをする場所でもある。人が集まる、家の中心となる空間だ。さらにキッチン前からこのスペースまで、窓の下端が床から30㎝ほど上がっており、腰かけられるようになっている。ここに座れば、子供は料理をする母親と話ができるのだ。しかも窓を開ければ、同じ高さで外部のテラスへつながる構造である。家の内と外とが曖昧なところは、日本建築の特徴のひとつ。この現代の縁側のような場所を、建築家は廊下でなく、「下の間」と呼んでいる。

ダイニングは、吹き抜けとなった階段状の空間。ここから2階に上がると、西側には「勉強の間」が。齋尾さんの書斎でもあり、お子さんがピアノを練習するスペースでもある。
納戸奥の窪みは、子供たちの玩具が並ぶ秘密基地になっていた。
2階の障子を開けて1階の畳の間に降りられるよう、和室には飾り棚の姿をした階段も設けてある。

齋尾さんのお宅は、実にユニークな住宅だが、腰かけていると妙に落ち着く、不思議な魅力を持っていた。おそらく、スペースのサイズが絶妙なのだろう。日本的発想に則った建築でありながら、ヴィンテージ・ワーゲンとの暮らしも、自然で素敵に思えた。この何にも似ていない家で、これから沢山の楽しいことが起こるに違いない。

■建築家:岸本和彦 1968年鳥取県生まれ。早稲田大学大学院修了。設計事務所を経て、1998年に独立。西洋的な合理主義とは対極にある、日本の伝統的な住まい方の発想を応用した、「和」の住宅理論には定評がある。写真は、外観が和風なだけでなく、巣のように籠れる場所が何カ所もある住宅。BMW2002と、94年の新車時から乗り続けているフィアット・パンダの2台持ち。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

(ENGINE2018年2月号)