ここは宝塚市の山の中腹に建つNさん(47歳)たちの家。リビング・ダイニングに設けられた大きな窓から、宝塚の町が見渡せる。さらに数キロ先には伊丹空港や大阪湾が。天気が良ければ、大阪の高層ビルまで見通すことも可能だ。夕暮れ時や夜景も、相当魅力的に違いない。これだけ眺めが良いのは、山のかなり高い位置にあるから。N邸より上には数えるほどしか家が無い。しかも建物の配置を、庭側の視界が広くとれるよう工夫されている。お陰で、家の隅に作られることが多いキッチンも、N邸では特等席だ。

そもそもNさんは、ここより1キロほど下の住宅街に住んでいた。そして散歩の途中で、売りに出ていたこの土地を見つけたのである。

「いくら景色が良くても、傾斜地を好んで買う人は少数です。たしかに同じ面積だと平地よりも安いですが、家を建てれば、余計に費用がかかります。そもそもハウスメーカーの家だと建ちませんから、建築家に頼まないといけません。その点、古くからの友人が建築家だったので、可能だったんです」 

この家を設計したのは、大学時代のサークルの仲のよい後輩である、ジオ-グラフィック・デザイン・ラボを主宰する建築家の前田茂樹さん。当時から「家を建てる時は頼むよ」と約束する関係だった。そんな前田さんは、世界的に知られる建築家のパリの事務所に10年間勤務した後に帰国し、大阪で自身の事務所を構えていた。厳しい条件の傾斜地だが、気骨のある建築家はトライしたがることを知っているNさんは、前田さんに土地を見せて聞いてみた。「この場所で設計したいか?」

もちろん前田さんの答えはイエスだ。しかし、Nさんの要望は少し変わっていた。前田さんの「代表作」を作ることが、最大の要件だったのだ。子供が遊び回れ、収納が多いといった、生活で必要な要件もクリアしないといけない。会社員なので、当然予算は限られる。だが、住んでいる家があるので、急いで建てる必要は無い。「どこかで見たような、普通の住みやすい家」の提案は却下し、時間をかけてでも「名建築」が出来上がることを求めたのだ。

玄関は、パーキング脇のブリッジを渡ってたどり着く。門扉は設けなかったが、間違って入ってくる人は今のところ皆無だとか。
ブリッジの下は斜面で、庭として整備されている。
敷地内に3つの小屋が建っているように見えるNさんのお宅。眺望確保のため、建物の高さは3mの制限が。左手の小屋は倉庫。中央の小屋が玄関で、中で右の小屋につながっている。

こうして完成したのが、敷地内に3軒の小屋が建っているように見える、ユニークな構成の家である。複雑な間取りのため平面図だけでは分かりにくいが、上の写真のパーキング脇に建つ、窓がある小屋は独立した倉庫だ。そしてブリッジを渡った先の左手にある小屋が玄関で、3階に相当する。ここから2階のリビング・ダイニングに降りる構造だ。さらに、そこから上下階に延びる階段があり、上った先にある3階の子供部屋は、ブリッジ右手の小屋にあたる。一方、リビングから階段を下りれば主寝室や水回りのある1階がある。この1階部分は、斜面の土砂を支えるためにRC構造とした。上部は屋外用ソファーを置いたテラスになっている。玄関から家の端にたどり着くまでの距離が長いうえ、何度も階段を上り下りするので、面積以上に広さを感じるものだ。そして、なんだか楽しい。こうした間取りとなったのは、山の上に古くから住んでいる住人の眺望を妨げないためでもある。高さ3mの制限があるのだ。

2階の屋上テラスから母屋を眺めた写真。
テラス部分は、2階のキッチンの上部を利用したもの。家型のデザインや壁の仕様は、前田さんの作例の中から、Nさんが好みのものを選んだ。
3階の子供部屋の窓(左に枠が見える)を開けて、2階のリビングを見下ろした写真。
お子さんたちは、ダイニングテーブルで勉強する。
絶景を楽しめるようにと、家にはいくつもの窓が設けられている。白い壁と木のコントラストはNさんたちの好み。奥様の希望で多くの収納を設けた。黒いYチェアは、数少ない前の家から持ってきたもの。
2人のお子さんは男の子で、いずれ家を出るだろうからと、あえて子供部屋風にはしなかった。子供部屋の窓の位置も、ユニーク。

パーキングには、ルノー・ルーテシア・スポルト16Ⅴ(2001年型)と、ルノー・カングー(2006年型)が並んでいる。家があるのは、駅から遠い山の上。クルマが無いとアクセスは不便だ。Nさんは職場まで、ルーテシアで片道1時間の自動車通勤をしている。帰宅時に、走りのよいクルマで山を上がってくるのは、なんとも爽快だ。奥様の普段の足としているカングーは、道具を積んでの家族キャンプでも活躍している。実は、熱心なルノー党ではない。カングーは、以前の家のパーキングのサイズから選んだ。

重要なのは前オーナー

そんなNさんがクルマを選ぶ基準は、デザインである。だが近年のクルマで好きなものは無く、どうしても古いクルマになってしまうとか。その際に重視しているのが、走行距離よりも前オーナーについてだ。これは最初のクルマ、ルノー・エクスプレスを知人のディーラーでお世話になった際に学んだことである。勧められたクルマの走行距離は10万キロを超えていたが、大切に乗られており相当に程度が良かったのだ。以来、前オーナーが明らかなクルマしか乗らなくなった。

次に乗ったのは、初代ルノー・ルーテシア16Ⅴである。ディーラーの社長が自分のために仕入れた一台で、Nさんがクルマ好きと分かり、快く譲ってくれたものだ。気に入って8年ほど乗ったものの、貰い事故で廃車に。色違いの同じ車種で、素性が良い一台があったのは長野だった。家族旅行を兼ねて試乗に行ったのは楽しい思い出である。これには3年乗った。

今の第2世代のルーテシアも、数多くのルノー・オーナーを知っている、とある地方の敏腕のセールスマンのお世話になったものだ。前オーナーは、頻繁にエンジンを下ろしてオーバーホールをする相当なマニアで、調子は抜群。それでも古い車なので、不具合はつきものだ。ものによっては、新品のパーツが存在しないのが悩みというが、ともあれ大事なのは「人」である。

さて、この家が完成した後、Nさんは自分たちが住み始める前に、前田さん夫婦を自宅に招いた。Nさん抜きで、前田さん夫婦だけで2日間をこの家で過ごすというものである。しかも、ケイタリングの料理と冷えたシャンパンを用意した、粋な招待だった。自分の設計した家の住み心地を体験することで、建築家としてさらなるレベルアップを図って欲しいという心配りである。

建築家の前田さん(左)とNさん家族。屋外家具が置かれた2階の屋外テラスも、絶好のビューポイント。すぐ下の敷地と左隣は建築が建つ可能性が無いうえ、向こうに見える家々は南側を向いて建てられているので、北側にあたるN邸は大きな窓があっても覗かれる心配はない。向こうに見える二車線道路は交通量が少ないので、クルマの音は全く気にならない。

N邸が完成した一昨年の末、前田さんは大学で教えることを辞め、設計に集中することにした。以後プレゼンでは、必ずN邸の説明を行った。結果、数件の公共建築を手掛けることとなったのである。事務は、所員3人から9人に急拡大。この家の模型は、今年のパリ日本文化会館の展覧会に出品されるなど、Nさんの望んだ通り前田さんの代表作となった。この家が誕生したのは、前田さんの努力と類まれな絶景、そしてなにより二人の人間関係によるところが大きい。そう、クルマ選びも建築も、大事なのは「人」なのだ。

■建築家:前田茂樹 1974年大阪生まれ。大阪大学卒業。東京藝術大学大学院を中退し、フランス国立図書館などで知られるドミニク・ペローのパリの事務所に10年間勤務。大阪富国生命ビルなどを担当し、その後独立。今年は三宅町複合施設、高浜UMIKARAなど、複数の公共事業が着工予定。もちろん、個人住宅も手掛ける。美術展の会場構成も得意。仕事で山間部も訪れるので、小ぶりなアウディA3に乗る。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

(ENGINE2020年3月号)