■ブラジルでまん延するDV

 ブラジルでは女性に対する暴力が多発している。ブラジル治安フォーラム(FBSP)によると、昨年は女性の27%に当たる1600万人が何らかの身体的あるいは精神的虐待を受けた。このうち42%はDVで、黒人女性が最も被害に遭っている。長引く経済不況によって1200万人が失業しており、絶望感が女性に対する暴力に拍車を掛けている一面もある。

「DV被害者の女性の数はとてつもなく多い」と話すピバ氏。これまでに同NGOで歯の治療を受けた女性は1000人を超えるという。

 アポロニアス・ド・ベンは、歯科医のファビオ・ビバンコス(Fabio Bibancos)氏によって2012年に設立された。現在はブラジル国外にまでネットワークが広がっており、1700人の歯科医が経済的余裕のないDV被害者の歯の治療に当たっている。女性たちに唯一課される条件は、暴力を振るったパートナーとは二度と一緒に暮らさないということだ。

 ブラジルでは最先端の歯科治療が行われており、女性たちは平均5、6本の歯のインプラント治療を受ける。一般的な治療費は約3万レアル(約80万円)。女性たちの治療費は、民間からの寄付や企業、あるいは歯科医自身によって賄われており、公的補助はない。

 ピバ氏は、「ブラジルにはこうした女性たちを対象とした心のケアや法的支援はあるが、歯科治療については何の援助もない」「だが、大半のケースで、身体的虐待は口を殴ることから始まる」「被害に遭った女性たちの大半は、上の歯の半数以上を失っている」と語った。

■トランスジェンダーも支援の対象に

「歯がないってどんなことか、分からないでしょう」。AFPの取材に応じたサンパウロ(Sao Paulo)在住のタイス・デアゼベド(Thais de Azevedo)さん(70)はそう語った。

 トランスジェンダーのアゼベドさんは、アポロニアス・ド・ベンが支援の対象者をトランスジェンダーにも拡大した2年前にインプラント治療を受けた。トランスジェンダーであることを公表して以来、暴力を繰り返し受けてきたという。

 歯を失ったのは、「自分の人生のために闘った」からだというアゼベドさん。「新しい歯ができた時、りんごをかじっただけで素晴らしかった」「彼ら(アポロニアス・ド・ベン)が私に与えてくれたものは、想像以上に深く、意味のあるものだった」と語った。(c)AFP/Pascale Trouillaud with Johannes Myburgh in Sao Paulo