高低差10mの土地に建てる

広島県の福山駅から、山側に向かって約10キロ。急な丘の中腹にHさん(41歳)たちの家は建っている。敷地は200坪を超えるが、平坦な部分は50坪ほど。しかも高低差が10mもあるうえ、100坪は竹林の斜面という、家を建てるには少々難易度の高い土地だ。

「建築事務所のUIDを主宰する、前田圭介さんと一緒に土地を探しました。サラリーマンなので、限られた予算での家作りです。そのため山奥の、『ポツンと一軒家』に出てきそうな土地を提案されたことも」

しかしこの土地は、少し山側に行けば、走りを楽しめるワインディング・ロードに通じている。「週末は4時半ごろに起きて、ホンダS2000(2000年製)で走りに出かけます。3時間ぐらい走って、帰りに道の駅から妻に電話をかけ、野菜など必要なものを買ってくるのがいつものコースです」

5年前にやってきたS2000は、結婚10周年を記念してのもの。Hさんは、奥様の理解に感謝している。スポーツカー所有を、独特な考え方で応援してくれているのだ。「『2名しか乗れないクルマを持つとは贅沢ですね』と周囲から言われますが、ミニバンと比べて使わない座席は遥かに少ないので」

そんなHさんが普段の通勤の脚に使っているのは、ホンダ・アコード・ユーロR(2002年製)。ヨーロッパ仕様の足回りと、馬力のあるエンジンを組み合わせたMT仕様のクルマで、かつてサーキットに持ち込んだことも。就職した年に新車で手に入れ、17年も所有している。だが、2台のクルマの外観は、もうすぐ20年になろうとしているとは思えないほど美しい。

Hさんは本当に大切にしていて、季節がよくなると奥様が普段使っている1台も含めて、毎週3台を6時間ほどかけて洗車しているのだ。丁寧に扱われてピカピカ輝く愛車と、築7年で、良い具合にエイジングした家の外壁は、素敵なコントラストとなっている。

築7年たって、外壁の杉板が良い具合にエイジングしたH邸。建物の構造は、細長い箱状の構造が十字に交差したもの(下写真の左手が地階)。その1階部分に、斜めに空いたトンネルがガレージとなっている。トンネル内の杉板は日に焼けておらず、明るい色のまま。平日は普段の脚のアコード・ユーロRを前に停めているが、金曜日に職場から戻ると入れ替え、S2000で週末の早朝に走りに出かける。その際、大きなエンジン音が近所の迷惑にならないよう、坂の途中に家が建っているのを利用し、下り坂をアイドリング状態のままニュートラル・ギアで国道近くまで下りていく配慮も。因みにHさんの2台も、奥様の乗っているのもホンダ車と、広島県在住にもかかわらず意外な選択。「子供の頃、F1でマクラーレン・ホンダが活躍していたのが記憶に残っているのかもしれません。学生時代は何台かのバイクに乗っていましたが、全てホンダでした。その後、自然とホンダのクルマに」。家には2台もMT車があるため、奥様もMTのクルマを乗りこなせる。

スポーツカーへの考え方で家作り

Hさん達が家作りを計画し始めたのは、仕事のためタイで暮らしていた11年前から。ハウスメーカーのものではなく、思い通りの家を建てられるようにと、ガレージのある魅力的な家を手掛けていた、地元福山の建築家である前田さんに、早くからコンタクトしていた。

新居に希望したのは、(1)大きな空間を小さく壁で仕切らないこと。(2)全てのエリアを毎日使いたい。めったに使わない客間は不要。(3)屋根のあるガレージ。(4)できれば書斎、というものだった。この中で(2)は、奥様のスポーツカーに対する考え方と似ていて興味深い。そしてHさんは、クルマ好きを盛んにアピールしていた。

ところが前田さんの提案は、2人の想像をはるかに超えた独創的なもの。随分と驚いたそうだ。なんとプランは、細長い積み木を十字に重ねたようなもの。一段低くなった平らな土地に、東西に延びる長さ11mの短い箱があり、その上に北側の平らな土地から南に向けて、長さが30m近くある箱が載った構成なのだ。しかも室内幅は3mで、南の先端7mは斜面の上に浮いている。こんな住宅、めったにお目にかからない。それでいて、前述の(1)(2)(4)の希望も満たしているのである。

ところが、Hさんにとって大事な車庫は、箱に斜めに開けられたトンネル部のみ。屋根の下には1台しか停められない。「あれだけクルマのことを話していたので、当然シャッター付きの大きな車庫があって、もしかすると部屋からクルマが見えることも想像していたのですが……」

だが、前田さんのプランの最大の魅力は、ダイニング脇の、3m幅の大きなガラス窓の向こうに、緑豊かな竹林が広がっていること。実はHさん達は、「リゾートハウスのような家」というリクエストも出していた。タイで買った、海外事例を集めた写真集「ヴァケーション・ハウス」を前田さんに渡し、イメージも伝えていたのである。そう、建築家は、土地の特徴を最大限に生かした、毎日暮らせるリゾートハウスを提案したのである。

細長い箱が十字に交差する構造で、1階は、ガレージ、玄関、リビング、ダイニング・キッチン、トイレ、そして書斎。地階は、主寝室と、子供部屋(中学生)、バスルーム。土地の高低差は10mほどあり、1階の先端部分の7mは、斜面から浮いた構造。決して高価な素材を使っていないが、細部まで拘った建築家の前田さんの美意識がよく表れた設計となっている。上写真の左手の砂利のスペースが、奥様のクルマの駐車場。アメリカの住宅のように、芝生の庭と隣地の境は、ちょっとした木を植えることで示してある。

3mの幅で暮らす

「前田さんと打ち合わせを重ねるうちに、生活の中に自然な形でクルマがあるという考え方も、悪くないと考えるようになりました。でないと、車庫のために家を建てることになってしまいますから。次に悩んだのは、細長い部屋の幅が約3mということでした。3m幅の空間で暮らす生活は想像もつきませんでしたので。とはいえ、普通と違う家を、前田さんのスタイルでお願いした訳です。何度も丁寧に説明してもらい、最後は納得してお任せしました。住んでみると、天井高も3m近くあるので、かなりの広さを感じます」

しかも7mも宙に張り出していているお陰で、隣家の気配すら感じられず、緑あふれる窓からの景色は、ここがどこだか忘れてしまうほど。ダイニング・キッチンは、この景色が楽しめるだけでなく、リビングもよく見えるので、「我が家の中心です」と、奥様も大変気に入っている。

窓から竹林しか見えないリゾートのような雰囲気のダイニング・キッチンはH邸のハイライト。この眺めと天井高が3m近いお陰で、幅が3mの空間で暮らしている窮屈な感じはない。窓は1枚の大ガラスに見えるよう、途中にカウンターを設け、上下2枚のガラスが一体に見える工夫を。

ガレージ脇の書斎の椅子は、乗っていたアコード・ユーロRのレカロを転用。

サラリーマンでも手の届く、しかもそのライフスタイルに合った、個性ある家を目指したH邸。それは、限られた予算で、楽しい走りを実現させた量産のスポーツカーにどこか通じるところがある。Hさん家族の、2座のクルマを楽しめる合理的な考えが、この唯一無二の家を生んだのは間違いないだろう。

■建築家:前田圭介 1974年 広島県福山市生まれ。 国士舘大学卒業後、工務店で現場に携り設計活動を開始。その後、福山を拠点とする自身の設計事務所 UIDを設立。住宅、商業施設、保育施設など、幅広く手掛ける。写真の住宅でも、海外の建築賞を受賞。大学などで教鞭もとり講演も多い。愛車はポルシェ・マカン。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

(ENGINE2019年12月号)

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