【9月23日 AFP】中国でデリケートな題材を取材する際には、問題が起きることを予想してかかる。誰かに後をつけられたり、暴漢に行く手を阻まれたり、何の変哲もない場所で突然、邪魔が入ったりする。最初は衝撃を受けるが、やがてそういったことに慣れてくる。中国ではそれが付き物なのだ。

 だが、数か月前に行った新疆ウイグル自治区(Xinjiang Uighur Autonomous Region)は、それまでとは完全に異なるレベルだった。非現実、悪意、時にこっけいさが全てひとまとめになっていた。

 新疆は中国北西部にある地方で、ウイグル人や他のイスラム教徒のチュルク語(Turkic)を話す少数民族の故郷だ。だが専門家や人権団体らによるとこの数年、中国政府は宗教的な過激主義と闘うと称して推定約100万人の住民を拘束し、再教育施設に収容している。

中国西部・新疆ウイグル自治区ホータン地区で、鉄条網と監視カメラが設置されている幼稚園(2019年5月31日撮影)。(c)GREG BAKER / AFP

 中国には1年ちょっといるので、ここでのジャーナリストの仕事のやり方には慣れてきたが、最初はかなりの衝撃だった。

 まず第一に、情報入手が極めて困難だ。例えば私の出身国のオーストラリアのように、電話をかけるだけで情報がもらえる広報係などいない。

 ここでは、本当に深くまで探る必要がある。情報を得るには、情報の山のどこを見て堀り出すのかを知っていなければならないのだ。

中国西部・新疆ウイグル自治区カシュガルの旧市街にある喫茶店の前で休息しているウイグル人男性ら(2019年6月4日撮影)。(c)AFP / Greg Baker
中国西部・新疆ウイグル自治区カシュガルの旧市街で休息しているウイグル人男性たち(2019年6月3日撮影)。(c)GREG BAKER / AFP

 次にアクセスの問題だ。デリケートな問題を取材する際には、障害があると思っておいた方がいい。

 例えば昨年のクリスマスの翌日、われわれは人権派弁護士の裁判について取材しようとしていた。裁判が行われることを事前につかんでいたので、われわれは裁判所に赴き、取材を試みようとした。北京から1時間半ほどかかるところだったため、裁判所が開く時間に真っ先に到着しようと、かなり朝早く出発した。

 われわれはすぐに怪しげな人々に囲まれた。彼らは私服警官で、デリケートな取材の際には必ず現れる。彼らの主な目的は、取材阻止だ。写真を撮ろうとすると、私の前に踏み込んで来る。時にはカメラの前に手を出してくることもある。

国家政権転覆罪で起訴された人権派弁護士、王全璋氏の裁判が行われる中国・天津の第二中級人民法院(地裁)の前で撮影を阻止しようとする私服警官ら(2018年12月26日撮影)。(c) AFP / Nicolas Asfouri
国家政権転覆罪で起訴された人権派弁護士、王全璋氏の裁判が行われる中国・天津の第二中級人民法院(地裁)の前にいる私服警官ら(2018年12月26日撮影)。(c) AFP / Nicolas Asfouri

 それは今回も起きた。一日中、エスカレートしっぱなしだった。特に一人、暴漢みたいな男がいて、私が弁護士の支持者たちをビデオに撮ろうとするのを邪魔し続けた。私は小突き回された挙げ句、その仲間数人に取り囲まれて股間を蹴り上げられ、退却せざるを得なかった。

 こうした男たちと話をしようとしても無駄だということは学んだ。彼らは応じない。あるいは「お前がぶつかって来た」とでも言うだろう。制服警官に訴えても無駄だ。彼らは何もしようとしない。まるで全員が劇中で役を演じているみたいだ。ついには自分も自分の役を演じる羽目に陥る。反応したって意味がない。反応すればするほど、エスカレートするだけだ。だからそこから離れて、他の場所を撮影しに行くしかない。

 中国で働き始めたときは、かなりの衝撃を受けた。もちろん話には聞いていたが、初めて経験するとなると大違いだ。やがてそれがここのやり方なのだと受け入れるようになる。状況をエスカレートさせることなく、必要なことをやり遂げる方法を見つけるようになるのだ。

中国西部・新疆ウイグル自治区ホータン地区の飛行場滑走路で無人偵察機の周りに立つ人々(2019年5月30日撮影)。(c)AFP / Greg Baker

 この知識と経験で身を固め、われわれは5月末、現地の情勢を報道するために新疆に向かった。飛行機に乗ったときから、当局はわれわれが行くことを知っていた。

 着陸した瞬間にそれを感じた。機外では怪しい人々が待ち受け、われわれが姿を見せるやいなや撮影し始めた。どこに出かけても複数の車がついてきた。ホテルの外にも人がいた。ある時には、スポーツ用多目的車(SUV)5台がわれわれの後をつけてきた。

 到着して最初に驚き、行く先々でも常に目に入ってきたのは、新疆ウイグル自治区に大量配備されている治安要員だった。中国でも他のどこでも、今まで仕事をした場所で、これほど大量に目立つように警察や軍が動員されているのは見たことがなかった。あらゆる場所に検問所があり、ほとんどの交差点では信号機があるにもかかわらず、警官が交通整理をしていた。「人民警察署」として知られる警察署は至る所に散らばってあった。

中国西部・新疆ウイグル自治区アクト北方にある、イスラム教徒の少数民族が主に収容されている「再教育施設」とみられる建物付近の検問所(2019年6月4日撮影)。(c)AFP / Greg Baker

 検問所ごとにわれわれは車から降りて、パスポートのチェックを受け、顔認証システムを通過しなければならなかった(われわれ外国人には対応していないのだが、それでも行われた)。

 ボディースキャナーの他に車をスキャンする装置があり、車が並んでのろのろと通り抜けていた。漢民族の住民は検問所をかなり早く通過していたが、外国人とウイグル人は待たされていたのが目に付いた。

 新疆ウイグル全体が、プロパガンダのポスターに覆われているようだった。どこを見ても国旗と横断幕があり、「党を愛せ」「習近平(Xi Jinping)の思想を学べ」「重要なのは民族統一」「中国への愛を強化せよ」などと書かれていた。中国ではどこでもある程度プロパガンダ・ポスターがあるが、ここでは本当に度を超していた。

中国西部・新疆ウイグル自治区カシュガル付近の軍病院の外に描かれた、ウイグル人家族と会う兵士らを示したプロパガンダの絵を前にしたウイグル人女性(2019年6月2日撮影)。(c)AFP / Greg Baker
中国西部・新疆ウイグル自治区カシュガル付近の軍病院の壁に描かれた、ハンマーがテロリストをたたきつぶす様子を示すプロパガンダの絵(2019年6月2日撮影)。(c)AFP / Greg Baker

 われわれに仕事をさせまいとする治安機関の骨の折りようは、時にこっけいとも言えるほどだった。偽の自動車衝突事故を例に取ろう。

 ある日のこと、われわれはその地域に再教育施設があるというわが社が報じた情報を確認するために出かけた。その映像を撮りたかった。出発は早朝だった。出かけたのが少し早すぎたかもしれないと感じたのは、車を走らせていると、いささか非現実的な光景に出くわしたからだ。自動車の衝突事故があったように演じて、道路を封鎖しようとしている人たちがいた。

中国西部・新疆ウイグル自治区カシュガル南方のアクトで、監視カメラの下を歩く児童ら(2019年6月4日撮影)。(c)AFP / Greg Baker

 通常の検問所の一つを通り過ぎたところで、三輪トラックをそばにある黒いセダンに数センチずつ近づけて接触させている人たちが見えた。2台を接近させ終わると、トラックを動かしていた人とセダンの中にいた人が車から出て、携帯電話をかけるふりを始めた。彼らがそれをやっているところに、われわれはちょうど通りかかったのだ。先へ進むと行き止まりに当たり、そこから再教育施設が見えた。そこで数分間撮影を行い、車に戻って、もっと近づける道がないか探そうと元来た道を戻り始めた。

 再び「車の衝突」現場を通ると、現場は意図したのであろう結果となっていた。何十台もの車両がそこで立ち往生していたのだ。今回はわれわれも動きが取れなかった。そして事故車の横を再びゆっくり通り過ぎたとき、どちらの車にも傷一つないのが見えた。われわれはどうにかそこを抜け、再教育施設の近くに行く別の道が村の中にあるのを見つけた。

中国西部・新疆ウイグル自治区アクト北方にある、イスラム教徒の少数民族が主に収容されている「再教育施設」とみられる建物(2019年6月4日撮影)。(c)AFP / Greg Baker
中国西部・新疆ウイグル自治区アクト北方にある、イスラム教徒の少数民族が主に収容されているとみられる警備の厳重な「再教育施設」付近にある監視塔(2019年5月31日撮影)。(c)AFP / Greg Baker

 撮影していると突然、黒のジーンズにTシャツ姿のトランシーバーを持った男が現われた。彼は走り寄って来て、「あなたたちの身の安全のために、立ち去らなければだめだ」と慌てて言った。われわれは「なぜ立ち去る必要があるのか」と尋ね、「あなたには、私たちが行く場所に何か言う権利はない」と言った。だがその男はここから去れと何度も繰り返し、再教育施設を撮影している場所からわれわれを何とか遠ざけようとした。男は私のレンズの前に立ちはだかり、シャッターを切ろうとするたびに妨害した。そうしている間に、別の男がオートバイで現われた。

 私は撮影を続けた。中国で学んだことの一つは、あらゆることが報道の一部になるということだ。だからカメラを回し続けた。彼らが撮影を邪魔すれば、それも報道の一部になる。

 数分後にそこを後にした。まだ取材旅行が始まったばかりだったので、その後の仕事を危険にさらしたくなかったため、われわれは男が後をつけてくるのを確認しながらそこを去った。

中国・新疆ウイグル自治区アクトで、イスラム教徒の少数民族が主に収容されているとみられるアルトゥシュ市職業技能教育訓練サービスセンター(後ろ)を撮影中の筆者であるAFPカメラマン(左)を村の外に追い出そうとする男性(2019年6月2日撮影)。(c)AFP / Greg Baker

 その警備員に付きまとわれながら村の外へ出ると、われわれを監視するさらに奇妙な策動が待っていた。偽の観光客だ。
 
「車の衝突」を演じていた人々が予想したよりも早い時間に、われわれがその横を通った理由の一つは、最初に近隣の町に行く計画を立てていたからだった。衛星画像でその町のモスクが取り壊されたのを見つけ、それを見に行こうとしていたのだ。

中国西部・新疆ウイグル自治区ホータンにあるモスクの跡地に造られた庭園(2019年5月30日撮影)。(c)GREG BAKER / AFP
中国西部・新疆ウイグル自治区ホータンのかつてモスクがあった空き地(2019年5月30日撮影)。(c)GREG BAKER / AFP

 だが、その途上の検問所の一つで足止めとなった。警官がわれわれに「ここから先へは行けない。警察の路上訓練が始まる」と言った。「どのぐらいかかるのか」「分からない」。ちょうどその時、紫色のバンが止まった。中には流行の装いをした若い女性が2人乗っていた。警官は彼女らに、われわれにしたのと同じ質問をした。2人は、自分たちは教師で、その日は休みを取っており、観光で町に行くのだと話した。もっともらしく聞こえたので、われわれはそれ以上特に何も考えなかった。それで偽の車の衝突事故をもう一度通過し、村に到着すると、この女性たちがわれわれの後をついて来ていることに気付いた。

 いったん車を止めて、「何をしているんだ」と私が尋ねた。「道に迷ってしまったので、あなた方の後について来たんです」との答えが返ってきた。「いいか、君たちの手助けはできない。われわれはジャーナリストで仕事中だ。われわれの後について来ると、君たちは危険な目に遭う恐れがある。君たちも他の人を危険にさらす可能性がある」。その時点でも私はまだいら立っている程度だった。彼女たちの説明が妥当に聞こえていたのだ。彼女たちにつけられたまま、村の外へ出るまでは。

 女性らはバンに乗り込んでもまだそこにいた。だが、われわれの存在をあれほど気にしているようだった警備員は、彼女たちの方はちらりとも見なかった。そしてわれわれの車が動き始めても、女性らは後を追って来なかった。今までの経験の中で、最も奇妙な出来事の一つだった。かわいい偽の観光客に後をつけられたのだ。

 常にこのような状況下で仕事をするのは大きな負担だ。それに対処する術は学んでいくが、絶え間ない闘いは精神的に疲労する。消耗するのだ。

 だが、ユーモアのセンスも持ち合わせていなければならない。ある夜、われわれは新疆でプロパガンダ当局の数人とたまたま同席した。そのうちの一人が、「当地の滞在はいかがですか」と聞いてきた。

「実に素晴らしい」と私は答えた。「とても安心していられます。こんなに大勢の人々が私の後をつけてくるのですから」。質問した女性は、私の答えを楽しんでいないようだった。

このコラムは、中国・北京を拠点とするビデオジャーナリスト、パク・イウ(Pak Yiu)氏が、AFPパリ本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者とともに執筆し、2019年8月2日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。