今回取材した建築家の林寛行さんは私の高校からの友人である。ふたりともクルマ好きとあって、自然にクルマの話になることが多かった。私が学生だった30年前はクルマ好きが多く、彼以外にもクルマの話をする仲間はたくさん居たが、林さんと話す機会が少なくなかったのは、多くのクルマ仲間の興味が国産のスポ ーツカーに向くなか、ルノーやランチア、アウトビアンキといったマニアックな輸入車の話ができる唯一無二の存在だったからである。

ルノ ー・ルーテシアやランチアY10など、いつも彼の口から出てくる車名は国 産車好きの友達と話しているときには絶対に登場しないものばかり。学生の頃の私はどちらかというとまだ 国産スポーツカー派だったから、彼から個性的な輸入車の車名を聞くたびに、「デザインにこだわる仕事を目指す人はセンスが違うんだな」と感心したのを覚えている。

学生時代はお兄さんのミニを借りて乗っていたという林さんが初めて愛車を手にしたのは大手ゼネコンの設計部に入社して2年目のときだ。「ルノーのサンクGTターボを中古で買いました。クルマ雑誌を読み漁っているうちにフランスのホットハッチに乗りたいな、と思ったんです。初代ルーテシア16Vも候補に挙げましたが、最終的にはデザインで決めました。ゴルフGTIも考えたものの、硬くて重い感じが好みじゃありませんでした。サンクは走りだけでなく、快適性にも優れていました」

ルーフ側に回り込んだフロント・ウインドウとガラス・ルーフにより天井のほとんどがガラス張り。

実際にこのクルマを見せてもらっ たことがあるが、鮮やかな青色の外観はホットハッチとは思えないほどオシャレに思えた。林さん自身もデザインやキビキビとした走りを含め、とても気に入っていたという。その後、設計事務所に転職し、さらに独立して自分の設計事務所を立ち上げたことで仕事は多忙を極めた頃、サンクを手放すことになる。「サンクに大きな修復が必要になったんです。やむを得ない決断でした」

サンクが去り、趣味的なクルマを持つのを一旦休止してからは、週末のマウンテンバイク遊び用のワゴン車や中古のゴルフに乗っていたが、一人目のお子さんが生まれるのを機に、VWアップ!を新車で購入する。「小さな子供が乗っているのに途中で故障はナシかなと思って新車にしました。ポロと迷ったのですが、決め手はやっぱりデザインですね」

アップ!は独特のクセを持つシングルクラッチ式自動MTだが、サンクでMTに慣れ親しんでいた林さんにとって苦じゃないどころか操り甲斐があって楽しかったという。そして二人目のお子さんが出来たのを機にアップ!では手狭だと購入したのが今のC4ピカソである。

機能とデザインが共存

「カングーはデザインとスペースが気に入っていたし、308SWは乗ると良かったのですが、ピカソを見たら〝オッシャレ〜〟とひと目惚れしちゃいました。ロング・ボディのグランド・ピカソにしなかった理由ですか?短い方の乗り味が断然良かったのと、デザインの仕事をしているためか、あるものをベースに派生させたものにちょっと抵抗があるんです。派生前の方がデザイン的にしっくりくるんじゃないかと思って......。しかも、実際にそういう場合が多い。ピカソもデザイン的には3列シートのグランドよりも2列の標準モデルの方が美しいですからね」

ピカソの対抗馬として林さんが候補に挙げたクルマはフランス車ばかりだったが、林さんにとってフランス車のどこが魅力的なのだろうか。「ドイツ車は機能重視に見える。質実剛健よりはじゃじゃ馬なところがあった方がいいけど、イタリア車は逆に快楽に振っている気がします。フランス車はドイツとイタリアの良いところを取っている。デザインもシンプル。ちなみに、私の建築のデザインも直線的でシンプルなものが多いですね」

ピカソで気に入っているのはデザインもさることながら室内だという。「大きな空間の中に広い窓がある。ピカソは天井からも光が入ります。自然光で明るい広い空間はとても快適で過ごしやすい。自分の建築もそれを大事に考えて設計しています」

最後に建築家から見たいいクルマの条件を訊いてみた。「機能だけでもダメだし、デザインだけでもダメ。その両方が〝バランス〟というよりも〝共存〟し合っていることが一番大事なのではないでしょうか」残念ながら林さんの建築を実際に見たことはないが、彼が選んだサンクとピカソからは、その考えがしっかりと貫かれているのがうかがえる。