【8月16日 AFP】イランでは凶暴な犬に追いかけられ、インドではおなかを下した。寝床がお寺やガード下、農場だったこともある。そんな大冒険の日々を送りながら、英国のトゥイッケナム(Twickenham)から東京へ、ラグビーW杯日本大会(2019 Rugby World Cup)のために自転車でひた走る、大のラグビー好き二人組がいる。

 ぼろぼろの地図とほんのわずかの手荷物を携え、旅を続けるのはロン・ラトランド(Ron Rutland)さんとジェームズ・オーエンス(James Owens)さん。2月に英ロンドンを出発した二人の旅の日数は、190日目を超えて今も増加中だ。もっとも、残された時間は刻々と少なくなっている。何しろ二人は、9月20日に行われるW杯開幕戦、日本対ロシア戦で使用する予定のホイッスルを運んでいるのだ。

 旅の目的は、大会の公式パートナーを務める慈善団体「チャイルド・ファンド パス・イット・バック(ChildFund Pass It Back)」のための支援金集め。アジア初のラグビーW杯が近づく中、ラグビーなんて初耳だという人ばかりの土地で、競技の魅力を伝えることにある。それでも、豊かなひげをたくわえた二人は、総行程2万キロメートル以上、日数231日に及ぶ旅を続ける中で、そうした当初の目的以上の収穫を得ている。

 南アフリカ出身で、自身もラグビー経験者だというラトランドさんは、ベトナムを移動中にこう語った。

「自転車でイランやトルコといった国をまわっていて、たくさんの人が車のスピードを緩めて、窓を開けてコーラや水、オレンジ、果物をくれました。数え切れないほど何度もです」「そうした小さな親切を味わって、人間の一番良い部分を目にした思いです」

 謙虚な気持ちにさせてくれたのは、食料をただでくれた人たちだけではない。ミャンマーでは、あるお坊さんが二人のためにお寺を開けてくれたり、タジキスタンでは何人もの人が家に泊めてくれたりした。それに天気の良い日には、場所を見つくろってテントを張ってきた。

■好対照な二人の道のりは、間もなくクライマックスへ

 がっしりした体格のラトランドさんは、現在45歳。銀行員だったラトランドさんが大遠征に乗り出すのは、実は今回が初めてではない。2015年の前回イングランド大会(2015 Rugby World Cup)の際には、自転車でアフリカのすべての国を走破して英国を目指した。2017年には「ゴルフ史上最長のホール」をラウンドし、合計80日かけて、2万ショットを打ちながらモンゴルを回った。

 しかし今回の旅では、特別やっかいなことがいくつかあった。2018年に人工股関節を入れる手術を受けたこともあって、ロンドンを出発した時点では「体重が生涯最重量とは言わないまでも、それに近い状態」だった。またベジタリアンのラトランドさんにとって、肉料理中心の中央アジアで、動物性たんぱく抜きの食事を見つけるのは難しかった。

 そんな中でも、1週間の移動距離は平均600キロに及ぶ。ラトランドさんは「結局、ごみを大量にあさらなくてはなりませんでした。とにかく必要カロリーを摂取するだけでした」と明かしている。

 一方のオーエンスさんは、28歳で香港生まれの英国人。もともとラトランドさんとはほとんど面識がなかったが、父親がたまたまラトランドさんの担当医だった縁と、チャイルド・ファンドのラオス支部やベトナム支部で働いていたことで、今回、27か国をまわる旅の道連れを務める運びとなった。

 ラトランドさんほど食べられるものに制限があるわけではないが、それでもインドでは二人して食あたりを経験し、「自転車にまたがりながら治すしかなかった」という。

 二人いわく、転んで少しけがをしたり、ハンドルが汗で腐食して緩んだりといった小さなアクシデントはあったものの、ここまでは大過ない旅ができているという。最悪のトラブルは、イランとトルコで凶暴な野良犬に出くわしたことくらい。今のところ休んだのはたったの1日で、イギリス海峡(English Channel)とトルコのボスポラス(Bosphorus)海峡、そして今後上海と大阪間でフェリーを使う以外は、ひたすらペダルをこぎ続ける毎日だという。

 旅の中では、軽装を心掛けることを学んだ。そのため必要最低限の救急キットと着替え、進行状況をリアルタイムで特設サイトにマッピングするGPS発信機を除けば、二人の荷物は世界地図と大事な大事な金のホイッスルの二つだけだ。

 いや、一つ大事なものを忘れていた。二人がどこへ行くにも持ち運んでいるもの、それはラグビーボールだ。ブルガリアやインド、ベトナム、ラオスといったラグビーがほとんど知られていない国々で、ラグビーがどういうものかを現地の人たちに教えるには、ボールがないと始まらない。

 チャイルド・ファンドでは、東南アジアの人里離れた土地にラグビー式のトレーニングを紹介し、現地で生活スキル習得のプログラムを実施してきたオーエンスさんは、「ちょうどいい会話のきっかけになるんです。特に相手が子どものときはね」と話している。

 お互いについても、いろいろなことがわかった。たとえばラトランドさんが自称・計画に「こだわる」タイプなのに対して、オーエンスさんはそうでもないタイプ。またラトランドさんは朝型で、逆にオーエンスさんはあまり朝は強くないという。

 もっとも、ここまではラトランドさんの計画性が良い方にはたらき、冬の欧州を抜け、中央アジアを経て東南アジアへ至る道のりは、ほぼスケジュール通りに進んでいる。現在はベトナムから北上して中国国内を走行中だ。

 日本へたどり着いた暁には、二人とも大会を観戦する予定になっている。そして、南アフリカを応援するラトランドさんと、イングランドを応援するオーエンスさんとで優勝予想は少々割れているものの、日本にはぜひ頑張ってほしいという点では、二人の意見は一致している。

「アジアのラグビーにとっては、千載一遇のチャンスですよ」、ラトランドさんはそう話している。(c)AFP/Jenny VAUGHAN