昭和住宅をリノベーション

ミッドセンチュリーの家具や照明が趣味良く並ぶ東京都大田区の新井邸。ビンテージ品の持つ雰囲気が、独特の空気を作り出している。なかには、「どこで手に入れたのだろうと気になる珍しいものも。こうしたお宅はめったにない。

愛車も、マセラティ・ギブリ(1996年製)と、ちょっと古いクルマだ。ここでセンス良く暮らしているのは、美大を出て広告代理店に勤務する新井智士さん(37歳)と、美大出の元デザイナーで、現在は自宅をアトリエにしているアーティストの愛さん夫婦。

そして7歳になる長男の紺太くんと、生まれたばかりのお嬢さん、10歳になる猫も一緒だ。

インテリアがレトロなので気付き難いが、家の外観も年代を感じさせるものである。「実はこの家、私たちとほぼ同じ年齢なんです」と新井さん。そう、この家は最近多い、リノベーションされた住宅である。設計を手掛けたのは、建築家の石川素樹さん。

石川さんも美大の卒業で、古くから新井さんと親交が。二人は年齢が近いうえ、古い家具と古いクルマが好き。最近は少数派となったスモーカーという共通点も。この家は、そんな二人が密な打ち合わせを重ねた結果生まれたものだ。

新井さん夫婦がここで暮らし始めたのは10年前のこと。共稼ぎの若い夫婦が都心で手に入れた住宅は、延床面積が1、2階合わせて60㎡の可愛いサイズ。しかも面積いっぱいのため、新築で一から建て直しても広くすることはできないという問題が。

そこで既存の家をできるだけ利用し、外観にはあまり手を付けないリノベーションが行われた。

新井邸は、もともと今のようなレトロな雰囲気の家で、穏やかに歳月を重ねてきたように見えるが、それは大間違いだ。改装前は、どこにでもあるような昭和の住宅だった。

新井さんは家具や照明を探すのが好きで、ネットだけでなく、自らの脚を使って魅力的な調度品を探し出して入手。それがマッチするお洒落な空間を、石川さんが作り上げていった。

ビンテージの映える部屋

まずリビングで目をひくのが、ガラスのシャンデリアだ。新井さんが随分前に手に入れたものの、使っていなかった貴重な逸品である。石川さんは、この照明を使用することを提案。空間に合うように、吊るすパーツの長さを調整して取り付けた。

ソファーは空いたスペースに納まるよう、建築家がデザイン。新井さんが選んだ青い生地が、張り替えた床や壁の色と絶妙のコントラストになっている。ソファー左の収納は、この部屋で以前使っていたビンテージの棚を壁面に埋め込んだもの。

キッチンの出窓やダイニング脇の飾り棚も、この家にあったものをそのまま利用した。

ダイニングの椅子は北欧のデザイン。戦前のフランス製のテーブルは、少し小さく感じるかもしれないが、「新井さんたちは長くこの家に住んでいるので、暮らしのサイズ感が分かっている」と石川さん。実は丁度良い大きさである。

限られたスペースだが、生活に必要な最小限のものを置くことで、ビンテージの家具が映える部屋となった。

2階のアトリエは、昔は和室だったことが想像できないほどの変わりよう。作業台やシェルフは、今回誂えた。奥様はここで、1/12サイズの海外の食品のミニチュアを制作している。

この部屋の扉は、改装前に1階で使っていたが不要となった扉の枠を利用し、中央部を板からガラスに入れ替えたもの。南に面したアトリエから、ガラスを通して廊下に光が入る仕組みだ。

リノベーションというと、こうした目に見えるインテリアに関心が向くが、見えない部分への対応も随分と行われている。

まずは耐震補強を行い、腐って使い物にならなくなった木材などを交換。昭和の住宅には無かった断熱処理を屋根裏に施し、快適に住めるようにしてある。

また古い住宅では、それぞれの空間が狭いので、広げて心地よく暮らす工夫も。例えば、リビングの扉の位置を変えて数十㎝のスペースを稼ぎ出し、玄関のたたきの幅を広げるのに成功。同時に新たな収納が生まれ、下駄箱にも余裕ができた。

サイズが限られる家なので、このようにスペースを無駄にしない工夫を、あちこちに見ることができる。

↑シャンデリアは、1950年代のイタリアはフォンタナ・アルテ社のもの。

↑新井さんが腰かけている出窓部分は沈んでいたので、改装時に補修された。

↑ダイニング・チェアは、デンマークのカイ・クリスチャンセンのデザイン。

↑イギリス製のキャビネット上の猫は、スウェーデンの陶芸家、リサ・ラーソンのオブジエ。

↑キッチンは、部屋のサイズに合わせて特注した。

↑2階のアトリエ。

↑奥様が制作する1/12サイズのミニチュアのブランド名はCUT and STiCK.。

↑バスルームには、拘って選んだスペイン製のタイルを張った。バスタブもゆったり浸かれるサイズを。

一生ギブリに乗り続ける

それでもどうしても限界があるので、石川さんは新井さんに、クルマを小さなものに買い替えることを提案したことも。だが、新井さんは、「そのつもりは無い」と、この案を却下。そのため、バスルームを少し拡大させ、その部分を駐車場に停まるギブリのトランクの上に張り出すようにするのがせいぜいだった。

新井さんのギブリへの思いは相当に強いものがある。もっとも多くのクルマ好きが想像するマニアとは、だいぶ異なるものだが。そもそもこのギブリは、新井さんにとって最初のクルマだ。数年前に突然クルマが欲しくなり、色々調べた結果辿り着いた。

家具だけでなく、クルマも古いものが好きで、調査を重ねる過程で、ムスタングやジャガーX J-Sも候補となったが、最終的にギブリに。この時、なんと新井さんは運転免許を持っておらず、それから免許を取得したというから驚きだ。

幸い、好みの濃い緑系の外装に、内装は黒革の配色のモデルも見つかった。この色だけは、絶対に譲れないところだったらしい。こうしてギブリがやってきたのは、7年前に長男が生まれて1か月たった、ある日のこと。

だが、「子供でクルマは選ばなかった」と新井さん。なんと言っても、2ドアのイタリア車は、ファミリー・ユースの便利な道具ではない。クルマが欲しくてたまらない新井さんの欲求を満たす、ちょっと特別な存在なのである。

あとは、多くの都市生活者と同じで、普段のカー・ライフといえば、週末の買い物が中心。これが新井流だ。因みに、こうした使い方にもかかわらず、ギブリはいたって好調で、道路で止まったことは一度もないとか。

そして、「一生これに乗っていくつもり」と話す。なるほど。こうした話を聞くと、ギブリはこの家に相応しい、思い入れの強いビンテージの調度品のひとつに思えなくもない新井家の趣味の良い古い家具や照明と、深い緑色をしたマセラティ・ギブリは、とても似合っている。

■石川素樹 1980年東京生れ。祖父が石川淳で兄が石川直樹という芸術家一家で育つ。美大を卒業後、建築家手嶋保の事務所を経て独立。詩情を感じさせる住宅を数多く手掛ける。写真の西参道テラスは、内外の賞を数多く受賞した長屋+オフィス。一時期アルファロメオ・スパイダー・ベローチェを所有するなど、旧車好き。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

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