街の中に実在する建物

都市空間に突如現れた、まるで想像上の空中庭園のようなこの建物。写真ではなく、本当はCGなのでは。多くの人が、そう思うかもしれない。たしかに現実離れしているが、実存する建物である。これは世界的に知られるアート・ギャラリーを運営するTさん(55歳)が、東京の豊島区に建てた家だ。より正確に言うと、Tさん家族は3~5階で暮らしていて、低層階は別の人たちにギャラリーなどとして貸している、5階建ての複合ビルである。

東京都豊島区の、住宅密集地に建つT邸。外観は、幾つものコンクリート製の大きな箱と、17個の白いヒダ、植物で構成される。屋上にも庭園が。建物は大きく見えるが、敷地は約140㎡。隣家が迫っている環境にあって、低層部では、南側以外に窓は無い。また上層階では、ヒダや植物がよい目隠しになっている。

多くの人が想像する家やビルとは、相当にかけ離れたT邸を設計したのは平田晃久さん。太田市美術館・図書館などの話題の建物を手掛け、次世代を担う存在として注目されている若手建築家だ。Tさんは、自身のギャラリーが発行する雑誌でインタビューし、平田さんに興味を持ったのはかなり昔のこと。家の設計を依頼したのも10年前だが、3.11などで計画が保留になった時期もあり、家が完成したのは一昨年。当初は、賃貸住宅のある8階建ての案もあったという。

そもそもTさんはこの地区で生まれ、高校まで過ごした。そしてカリフォルニアの大学でアートを学び、しばらく働いた後に帰国。ギャラリーを開いたのが、この家が建っている場所だ。間口が狭く奥に長い約140㎡の土地に、1階がギャラリーで、その上の階に住む、職住近接の建物を作った。仕事は順調に発展し、ほどなくギャラリーは別の大き場所に移転。この場所に住みながら、1階スペースはスタッフが独立した際に貸し出していた。そんな自邸も、築30年となると様々な不具合が生じ、建て替えとなったのである。

通りに面した北側も、2階までは窓が無い。クルマの奥には、T邸への入り口と、Tさんの下で働いていた元スタッフが運営しているギャラリーのMISAKO&ROSENが。

代表作になるように

まだ若かった平田さんに、設計段階でTさんは、「代表作になるような」家を「自由に設計」してもらった。そうして完成した、何にも似ていないこの家は、国内外の多くの専門誌の表紙を飾ることに。国際的に注目され、平田作品を代表する住宅となった。まずなにより特徴的なのが、植物が巨木に寄生しているような意匠だ。幾つもの四角いコンクリートの箱を積み重ねた複雑な構造で、その角や窓の窪みに、鉄を折り曲げて白く塗った、彫刻のようなヒダが乗り、中に個性的な植物が植えられている。しかもヒダの数は合計17個で、全て形が違う。相当に手間のかかった住宅だ。

建築家に自由に設計してもらったものの、建て主が要望したことも少なからずある。まずは1階に、10年以上もこの地でギャラリーを営んできた、元スタッフのスペースを確保すること。Tさんらしい心遣いである。また、家の中か外か分からない構造である上、家族の気配が感じられる家であることを希望。普段はモノがない真っ白な空間で仕事をしているので、植物の緑が多いことも重要だった。もちろん建築家は、こうした要望に見事に応えている。

だが最も大切なのは、この家のいたるところに美意識が感じられることだろう。上品な仕上げなのはもちろんのこと。例えば、コンクリートとガラスをギリギリの位置で合わせるなど、細部にまで心が配られた設計となっている。美術品も、壁を絵画や写真作品が埋めるのではなく、吟味されたごく少数の立体作品などが置かれ、空間には適度な緊張感が。こうした面からも、Tさんの建築好きが窺える。
 

1階のギャラリーの扉は、高さが5m近くも。作品は題府基之のもの。

T邸はスキップフロアーで螺旋状に上っていく構造。玄関を入って最初にあるのがダイニングルーム。

家具は30年間使ってきた無垢の木のもので、照明はマイケル・アナスタシアデスのアートピース。

家の中央部に上から下まで貫く光の井戸のおかげで、窓は少ないが家の中は明るい。またこのガラス張りの井戸越しに、家族の気配が分かるようになっている。

作品に住む

「いずれ建築も、アートとして評価が高まるものだと考えています」そう、T邸は家というより「美術作品」である。そして「作品の中に住んでいると、普段から良いデザインに触れることで目が肥えてくる」と話す。

こうした拘りぬいた家に、わざわざ車庫を設けたのは、クルマが不可欠なライフスタイルゆえ。Tさんはカリフォルニア時代からサーフィンが趣味で、海辺に別荘を建て、サーフボードを置いている。ここに通うには、どうしてもクルマが必要なのだ。現在の愛車は、メルセデス・ベンツC200ステーションワゴン(2017年型)。偶然同社との縁ができ、Bクラス、Cクラスセダン、そして今のクルマと、3台続けてメルセデスを乗り継いでいる。Cクラスのセダンからワゴンにしたのは、作品を運ぶこともあるのでは、と考えて。奥様と二人のお子さんを連れての家族旅行でも、クルマは活躍している。

螺旋状の間取りは、ダイニングの次に、リビング、子供部屋、主寝室、バスルーム、屋上庭園へと続く。ボックスを組み合わせた家の構造は、リビングルームに二つの半個室的なスペースを作り出している。オープンなこの家にあって、少し籠れる空間だ。

ベンチが置かれた半個室の床の素材は革。家の中には、吟味されたものが少数置かれているだけ。こうした美意識の高い空間での暮らしは、Tさんの職業柄重要なこと。

実はしばらく前までは、都心にあるギャラリーへの通勤もクルマだった。ところが最近は運動不足のため、クルマ通勤を止め、歩く時間を積極的に作っているとか。ところで、この美意識溢れる家に住むのは、我々の想像よりも楽ではないようだ。様々な場所に植えられた植物への水やりは大変で、半日仕事に。しかも夏だと、それが一日おきにあるのだ。ガラス部分も多いので、数か月に一度、業者を呼んで窓の掃除を行っている。コンクリート建築に共通する、暑さや寒さもかなりのものだ。もちろん「大変なことは予め分かっていた」とTさん。それでもギャラリーの仕事をするからには、作品に住んで美意識を鍛えることを選んだのである。

たしかにこれだけ圧倒的に美しい世界に身を置くと、苦労があってもこの家に住みたい気持ちになるのがよく分かる。そうした気概が、この特別な家を作ったのは間違いない。

よく言われるように、名建築は建て主があって生まれるのである。

■建築家:平田晃久 1971年大阪府生まれ。京都大学大学院修了。伊東豊雄建築設計事務所を経て独立。太田市美術館・図書館、カプセルホテルのナインアワーズ(竹橋・赤坂・浅草)など、話題の建築を手掛ける。生き物の世界を参考にして建築空間を設計する「エコロジカルな建築」の発想で、論客としても注目されている。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

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