【7月31日 AFP】先月から今月にかけて開催された開催された女子サッカーW杯フランス大会(FIFA Women's World Cup 2019)で優勝した米国代表チームは、異彩を放っていた。その理由をあれこれ考える必要はない。記者会見に行くみたいに、米国チームのいるところに行ってみればいい。

 決勝前、チームバスの前で行われた即席の会見がその一例だ。黒いサングラス姿でバスから降りた主将でフォワードのミーガン・ラピノー(Megan Rapinoe)選手(34)は、会見を米国人が持つ価値観を話し合う場に変えてしまった。

「この国は多くの偉大な理想を基に築かれましたが、同時に奴隷制度の上に築かれたとも言えます」。いつものプラチナブロンドではなく、今大会のために髪を紫色に染めたラピノー選手はそう言うと、「だからそのことについて心から正直になり、オープンに話し合うことで和解や前進ができれば、この国は皆にとってもっと良くなると思います」と続けた。

女子サッカーW杯フランス大会準決勝の対イングランド戦を前にしたミーガン・ラピノー選手。仏リヨンにて(2019年7月2日撮影)。(c)AFP / Franck Fife

 私たちフランス人記者にとってラピノー選手のコメントは、普段こうした取材につきものの張り詰めた空気を打ち破る一陣の風のようだった。フランス代表が行う記者会見は、男女ともに厳しく管理されている。バスから降りてきた選手たちに取材が行われることは、決してない。選手たちを取材する機会は、適切な会場で監督や選手らが同席して行われる記者会見のみで、そこではつまらない声明文が読まれるだけだ。たまに素晴らしい瞬間に立ち会える時もあるが、たいていはため息をつきながら会場を後にする。だが米国チームとの取材では、サッカーだけでなく政治に関する話題も豊富にあるのだ!

仏西部ペロスギレックで記者会見するフランスのコリンヌ・ディアクル監督(2019年5月8日撮影)。(c)AFP / Sebastien Salom-gomis

女子サッカーW杯フランス大会決勝の対オランダ戦の前日に行われた記者会見で、笑顔を見せる米国のジル・エリス監督(2019年7月6日撮影)。(c)AFP / Franck Fife

 女子サッカーW杯の期間中、ラピノー選手率いる米国チームは、史上最多の4回目の優勝のためにフィールドで戦っていただけではなかった。フィールドの外では、社会問題に関する自分たちの理念を擁護するため、闘いを主導していたのだ。

 こうした闘いは、もちろん物議を醸した。今年1月に行われたインタビューで、ラピノー選手が発言した内容が明るみに出た際には、大きな論争が巻き起こった。たとえチームが優勝しても、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領はチームが大切にしている価値感を共有していないため、「くそホワイトハウス(White House)」には行かない、とコメントしたのだ。その後、暴言については謝罪したが、改めて、ホワイトハウスには行かないと主張した。トランプ氏に対する抗議を示すためだ。現職の米大統領との面会を拒んだスター選手は、ラピノー選手が初めてではない。ジョージ・H・W・ブッシュ(George H.W. Bush)元大統領からバラク・オバマ(Barack Obama)前大統領に至るまで、多くの歴代の大統領らが政治的あるいは個人的な理由によりホワイトハウスでの面会を拒まれた。だが、フランスでトップアスリートが国家元首をばかにするような態度を取ったとしたら? そんなことはありえない。

女子サッカーW杯フランス大会準々決勝の対フランス戦でミーガン・ラピノー選手が決めた先制ゴール。パリのパルク・デ・プランス・スタジアムにて(2019年6月28日撮影)。(c)AFP / Franck Fife

 ラピノー選手やチームメートは、精力的に同性愛者の権利向上を訴えている。ラピノー選手自身も同性愛者であり、そのことを誇りに思っている。チームには他にも数人の同性愛者がおり、アシュリン・ハリス(Ashlyn Harris)選手とアリ・クリーガー(Ali Krieger)選手は婚約している。

 米国の人々は、スポーツ選手が社会問題について声を上げることに慣れているかもしれない。1960年代後半には、ベトナム戦争(Vietnam War)に反対していたボクサーのモハメド・アリ(Muhammad Ali)選手が米軍での兵役を拒んだため、3年間の出場停止処分を受けた。1968年開催のメキシコ五輪の表彰台では、陸上のトミー・スミス(Tommie Smith)選手とジョン・カーロス(John Carlos)選手が、米国の国歌が流れている間、黒人の公民権運動を支持する行為「ブラックパワー・サリュート(Black Power Salute)」の拳を突き上げ、世界中の怒りを買った。またバスケットボールのマジック・ジョンソン(Magic Johnson)選手は、米プロバスケットボール(NBA)の1991~92年のシーズンを前にエイズウイルス(HIV)への感染を診断された後、エイズは「同性愛者の病気」という固定観念を覆すため熱心にエイズ撲滅運動を行った。

 だがフランスでは、スターアスリートたちが社会的変化をもたらすための顔として活躍する文化はない。そのため私たちは、米国で起きたこうした出来事に大きな衝撃を受けた。フランスで同性愛者であることを公表した女子サッカー選手は、マリネット・ピション(Marinette Pichon)選手ただ一人。だが、彼女は数年前に引退している。スポーツ選手が同性愛者かどうかということは、取材で取り上げるべき話題ではない。私たち記者は、それはプライバシーの問題だと考えているからだ。仏メディアは伝統的に、個人的事情を詮索することはない。それに今でも同性愛者に対する烙印(らくいん)や偏見が多いため、選手自ら明かすこともないだろう。

 もう一つが、男女平等についての問題だ。ラピノー選手は、過去に他の選手たちがそうしてきたように、機会があるたびにためらうことなくその話題を取り上げてきた。これに関しても、米国にはその問題と闘ってきた歴史がある。テニスのビリー・ジーン・キング(Billie Jean King)選手は、1968年のオープン化に伴い賞金を男女同額にするよう訴えた。1972年には全米オープンテニス(US Open Tennis Championships)で優勝を果たしたが、賞金は男子よりも1万5000ドル(当時の為替レートで約450万円)少なかったため、賞金を男女同額にしなければ翌年の大会には出場しないと宣言した。最終的にその要求は受け入れられ、彼女は大会に出場したが、3回戦で敗退した。

 米女子サッカー代表チームは今年3月、男子代表チームとの賃金格差は女性差別に当たるとして雇用主である米国サッカー連盟(USSF)を訴えた。女子代表チームは今大会以前にも女子サッカーW杯で3回優勝しているが、男子代表チームは優勝経験がなく、昨年のW杯は予選で敗退している。こうしたことを考慮すれば、その主張にもうなずける。

 この問題に抗議したのは、米国チームだけではない。ノルウェー女子サッカーのスター、アーダ・ヘーゲルベルグ(Ada Hegerberg)選手は、女子チームと男子チームの扱いに格差があると訴えて、今回のW杯で同国代表としてプレーすることを拒否した。だが、ヘーゲルベルグ選手は一人だった。米国のようにチーム一丸となって問題に当たれば、大きなうねりとなる。事実、7月7日の決勝戦で米国が2-0でオランダを下し、4回目のW杯優勝を飾った際には、「U.S.A.!」だけでなく「Equal pay!(平等賃金を!)」というチャントも響いた。

女子サッカーW杯フランス大会決勝の対オランダ戦開始前に会場で声援を送る米国のファン。リヨンのグラン・スタッド・ド・リヨンにて(2019年7月7日撮影)。(c)AFP / Franck Fife

 一方、仏女子サッカー代表チームの主張はかなり控え目だった。一部の選手らが、スポンサーを募って財源を確保し、女子の試合に充てるよう主張しただけだった。「報酬をめぐる問題は複雑です」。W杯の大会期間中、ミッドフィルダーのガエターヌ・ティネイ(Gaetane Thiney)選手はそう話し、次のように続けた。「もし私たちの試合で男子チームと同じくらいの収益があれば、男子と同額の報酬を受け取ることに問題はありません。数字で見れば、女子チームが男子チームと同じくらい稼いでいるかどうか…。賃金は賃金であって、私たちが日々、プレーする環境こそが最も重要です。私たちは連盟と交渉するためにここにいるのではありません。皆、同じ家族の一員です。連盟は私たちのためにベストを尽くしていますし、(連盟の)会長はいつも私たちに対して非常に公平です」

女子サッカーW杯フランス大会準々決勝の対米国戦終了後、ファンの前に立つ仏フォワードのウージェニー・ルソメ選手。パリのパルク・デ・プランス・スタジアムにて(2019年6月28日撮影)。(c)AFP / Franck Fife

 だが米女子代表チームが際立っているのは、こうした活動のためばかりではない。フランス人選手よりもずっと、リラックスしていて近づきやすい。

 記者会見の際、よく笑う。試合前のスタジアムの下見で、はだしでいきなり踊り出すこともある。フランスの選手たちがそんなふうにのびのびとしているところは、これまで一度も見たことがない。

女子サッカーW杯フランス大会期間中、リヨンのグラン・スタッド・ド・リヨンで行われた練習の合間にダンスをする米ディフェンダーのクリスタル・ダン選手(2019年6月30日撮影)。(c)AFP / Franck Fife

 リヨンにあるデパート「プランタン(Printemps)」の店員は、米国チームの選手たちが前日にやって来てクリスチャン・ディオール(Christian Dior)やプラダ(Prada)の化粧品をまとめ買いしていったと教えてくれた。決勝戦の数日前には、市内のホテル「メトロポール(Metropole)」のバーで笑顔のラピノー選手に出くわしたし、他の選手たちがバスローブ姿で笑いながらプールから戻ってくるところにも遭遇した。フランスの選手たちとこんなふうに店やホテルでばったり会うことなど考えられない。選手たちへの接触は厳しく制限されている。W杯決勝のような重要な一戦の前ともなればなおさらだ!

 米国チームは、ファンや記者らに対してサービス精神旺盛のようだ。決勝戦のような重要な試合の前でさえ、記者の質問に快く応え、ファンの自撮りに喜んでポーズを取る。こうしたことも、チームとは一定の距離を置くことが慣習となっているフランス人記者にとっては奇妙に感じられる。そこには、チームは外部との接触を避けて練習すべきだという哲学がある。仏代表チームのゴールキーパー、サラ・ブアディ(Sarah Bouhaddi)選手も、米国との準々決勝に備えてチームの練習拠点に戻れることを喜んでいた。「私たちにとって有利なのは、ホームで大会が開かれているということ。だからここには私たちの練習施設があり、記者やファンに邪魔されずに静かに練習できる。外界を遮断し、自分たちだけに集中できる」

女子サッカーW杯フランス大会グループFの対タイ戦で勝利し、サポーターらと喜びを分かち合う米国のミーガン・ラピノー選手。仏東部ランスのオーギュストドローヌ・スタジアムにて(2019年6月11日撮影)。(c)AFP / Lionel Bonaventure

女子サッカーW杯フランス大会期間中、リヨンで開催された記者会見で話をする米フォワードのクリステン・プレス選手(2019年7月1日撮影)。(c)AFP / Franck Fife

 決勝戦後の記者会見の最中、米国チームのジル・エリス(Jill Ellis)監督の携帯電話が鳴った。「ママかもしれない」。彼女はそう冗談を言うと、携帯電話にちらっと目をやった。「あら、本当にそうだわ」。彼女はそう言って笑うと「ママ、ごめん。今出られないの」とおどけて言った。それはまるでグラスを傾けながらの会話のようで、歴史的な勝利を収めた後の記者会見での発言のようには思えなかった。

 ラピノー選手はもちろん、米国チームの「お決まりのお題目」についても触れた。「誰もが次は何だ、何が望みなんだと聞いてくるようなので言いますが、賃金の平等に関する議論をやめることです」「これからどうするのか? 今はもう皆で席に着いて、その問題に取り組むべき時です」

 私たち記者は急いでメモを取った。今回は、優勝の喜びの他にも書くべきことがある、と。

 このコラムは、パリに拠点を置くスポーツジャーナリスト、アドリアン・ドキャロン(Adrien de Calan)が、AFPパリ本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者とともに執筆し、2019年7月12日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

女子サッカーW杯フランス大会決勝の対オランダ戦の前日、リヨン近郊のリモネストで行われた練習中に笑顔を見せるミーガン・ラピノー選手(左)とクリステン・プレス選手(2019年7月6日撮影)。(c)AFP / Philippe Desmazes