【7月16日 Xinhua News】中国の新石器時代の古城遺跡「良渚(りょうしょ)古城遺跡」は、このほど開かれた世界遺産委員会で世界遺産への登録が決まった。良渚文化の影響は広い範囲に及び、同遺跡から1000キロ以上離れ、時代も1000年以上後の古蜀(こしょく、現在の四川地域)文明の金沙遺跡でも良渚由来の「十節玉琮(じゅっせつぎょくそう)」が見つかっている。

 良渚古城遺跡からは玉器が7000点以上見つかった。中でも琮(中に円形状の穴が貫通した方柱状の祭祀<さいし>器)は間違いなく典型的な器物といえる。金沙遺跡で出土した「十節玉琮」も良渚文化にその起源を持つとされる。

 四川省(Sichuan)成都市(Chengdu)西郊の金沙遺跡では、2001年冬に「十節玉琮」が出土し、現場の発掘隊員らを驚喜させた。高さは約20センチで、表面には幾つかの濃い斑紋があり、水墨画に描かれた山々のように見えた。考古学者は研究を通じ、金沙で出土した十節玉琮が、材質や形状、技工にせよ、紋様などにせよ、良渚文化由来のものであることを示しているとの認識に至った。名実ともに国宝級の「贈り物」だという。

 この玉器はいかにして古蜀へもたらされたのだろうか。専門家は、良渚文化が当時、重大な異変か自然災害により急速に衰退し、四方へ転移した良渚人が各地で定住を始めたことが恐らく原因だろうと語る。その過程で一部が長江上流の成都平原にたどり着いたのだという。古蜀玉器はこれら外来文化の流入が直接的な要因となり、それを基礎とした融合と発展が進み、繁栄に向かったと説明し、古蜀文明は明らかな特色を持つ文化として、長江中下流の他の文化とともに中華文明の多元一体構成の一部分を形成するに至ったとの考えを示した。

 古蜀文明遺跡の世界遺産への申請手続きはここ数年でテンポを加速しており、三星堆遺跡や金沙遺跡、古蜀船棺合葬墓が古蜀文明遺跡として世界遺産暫定リストに加えられている。(c)Xinhua News/AFPBB News