【7月10日 AFP】米大統領選に独立系候補として2度出馬し、米政界を揺さぶった実業家のロス・ペロー(Ross Perot)氏が9日、テキサス州ダラス(Dallas)の自宅で死去した。89歳だった。家族が明らかにした。

 ダラス・モーニング・ニュース(Dallas Morning News)によると、ペロー氏は5か月間にわたり白血病と闘っていた。

 テキサス州出身のペロー氏は1960年代に、米エレクトロニック・データ・システムズ(EDS)を設立。巨万の富を築いて米ハイテク業界の大物となったほか、慈善家としても活動した。1992年の大統領選に独立系候補として出馬した際には、得票率19%という予想外の大健闘を見せた。ペロー氏が保守派の支持を取り込んだことで、民主党候補のビル・クリントン(Bill Clinton)氏が共和党の現職ジョージ・H・W・ブッシュ(George H.W. Bush)氏に勝利することとなった。

 米国で19世紀半ばに民主・共和の二大政党制が確立されて以降、独立系または第三の党の候補でこれほど高い得票率を得た人物はペロー氏のみ。同氏の健闘は、第三の党による強固かつ集中的な選挙活動が大統領選に与えうる影響を示す形となった。ペロー氏は4年後の大統領選にも出馬したが、前回ほどの成績は残せず、クリントン氏が再選された。

 1992年の大統領選によりペロー氏とブッシュ一族の間には亀裂が入ったが、第43代米大統領のジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)氏は9日、訃報を受けたコメントで、ペロー氏を米国を象徴する人物と評価。「テキサスと米国は強力な愛国者を失った」とし、「ロス・ペロー氏は起業家精神と米国の信条の典型だった」と述べた。(c)AFP