今日では1分間に17人が飢餓によって生涯に終わりを告げている。日本で生活している私にとっては身近な問題ではないため、飢餓の光景は私の価値観を揺るがすものであった。食べ物はお金で買うことができるし、きょう食べるものがあるだろうかということを考えたことはない。しかし、数字で1分間にそれほどの人がなくなる原因になっていると聞くと、ただ事でないことは一目瞭然である。飢餓というと、やせ細った子供たちの苦しむ表情を映した写真が多く見受けられる。しかし、そんな彼らがただ飢えに苦しんでいるわけではないことを知ってもらいたい。飢えを打破するために漁に行く人や農作物を育てている人、この写真の女性のように食料を収穫しに行く人など、みんなが生きるために一生懸命なのである。そこには苦しいことだけでなく家族や友人と過ごす大切な時間があると思う。おそらく、日本で暮らす私たちにはニュースでたまに流れてくる飢餓の問題を、重大な問題ととらえていても改善するために何ができるかを考えている人は少数だろう。そんななか、この写真をみた人が、現地にいなくても現地で生きる人たちのために自分も何かできることがあることを知ってもらいたい。それを考えることで、この写真を撮影したカメラマンの撮影の意図が見えてくるはずだ。(ペンネーム:E.W)

[東京電機大学]