【7月1日 AFP】カスピ海(Caspian Sea)沿岸に位置するアゼルバイジャンのバクー湾(Baku Bay)ではかつて、水辺にいるアザラシの姿はありふれた光景だった。

 だが今はもう、その光景が見られることはない。1世紀前にはカスピ海の沿岸や島々に100万頭以上のアザラシが生息していたが、現在は当時の10%未満に減ってしまい、絶滅危惧種に指定されている。

 アゼルバイジャン動物保護協会(Azerbaijan Society for the Protection of Animals)のアゼル・ガラエフ(Azer Garayev)会長(57)によれば、その原因は数十年に及ぶ乱獲と産業汚染だという。

 2003年、同協会はわずか1か月の間に750頭のアザラシの死骸を見つけた。「異常事態だった」にもかかわらず、誰も調査しなかった。「(カスピ海では)主な環境問題のすべてがアザラシに表れる」と同氏は話す。

 世界自然保護基金(WWF)の2016年の発表によると、かつて世界屈指の生息数を誇ったチョウザメは、過去30年間で10%以下に減ってしまった。

 チョウザメの卵であるキャビアについてガラエフ氏は、「以前は1キロ当たり10マナト(約650円)程度だったのが、今では1500マナト(約10万円)以上する。しかも、ほとんど手に入らない」と語った。

 アゼルバイジャン、イラン、カザフスタン、ロシア、トルクメニスタンの5か国が面するカスピ海は世界最大の陸水域で、日本の国土面積とほぼ同じ広さだ。

 アザラシやオオチョウザメの他、カメなどの固有種が生息するカスピ海だが、エネルギー資源も豊富だ。推定埋蔵量は原油が約500億バレル、天然ガスが約8兆5000億立方メートルとされている。

 これら石油と天然ガスの採掘から生じる汚染に気候変動による水面低下が加わり、カスピ海の多くの生物種、そしてカスピ海自体の未来が脅かされている。

 深刻な汚染は石油の採掘・精製、海底油田、原子力発電所からの放射性廃棄物、そして主にボルガ川(Volga River)から流れ込む大量の未処理下水と産業廃棄物が源になっていると、国連環境計画(UNEP)は警告している。

 漁師から水理地質学者に、そして環境活動家となったアリガイダル・マメドフ(Aligaidar Mammedov)氏は、石油の採掘方法がチョウザメを殺したり、追い立てたりしていると訴える。「水中で人工的に地震を起こすため、チョウザメが生息する水底が破壊される」

 マメドフ氏はまた原油流出による汚染の可能性についても警告している。原油流出による汚染は、海洋よりも陸水域で起きた方がより深刻だ。

 しかも石油産業による汚染に歯止めがかかったとしても、地球温暖化による水面低下によって、カスピ海は徐々に壊滅的状況に向かいかねない。

 アゼルバイジャン国立科学アカデミー(Azerbaijan National Academy of Sciences)は最近の研究で、カスピ海の水面は毎年6センチ以上低下していると推定している。

 海洋科学者のエルヌル・サファロフ(Elnur Safarov)氏は、「カスピ海沿岸5か国とその経済、人々の生活は…漁業や石油産業、農業、通信産業などすべてをカスピ海に頼っている」「水面が変化すれば、沿岸部全体の社会的・経済的状況が変わる」と話す。

 沿岸諸国が懸念するのは、世界最大の環境災害によって大半が干上がってしまった中央アジアのアラル海(Aral Sea)と同じ運命をカスピ海がたどることだ。

 動物保護協会のガラエフ氏は「アラル海のように失ってしまうのはばかげている。考えたくもないし、そんなことは犯罪だ」と述べた。

 映像は、油田から流出する廃棄物などで汚染が進むカスピ海。3月22、23日に撮影。(c)AFP/Andrea PALASCIANO