【6月26日 AFP】シリアでニワトリを売っていた──。男がそう述べた。医師であり、人殺しではなかった。怠け者過ぎてイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」から追い出された。実質何もしていないのに、戦闘員として給与をもらった。男たちが次々に述べた。

 だが、ISに加わるため中東に渡ったこうしたフランス人らの話は、イラク・バグダッドの法廷で審問を行っていた裁判官には一向に響かないようだった。裁判官は次々と、死刑を言い渡していった。

バグダッドの法廷で死刑判決を受けたフランス人のIS戦闘員ら(2019年5月29日入手)。(c)AFP

 私はこれまでこうした裁判を取材してきた。ISに加わった欧米人に対する母国民の関心は、いつだって大きいからだ。今年1月にシリアからイラクに身柄を移された11人のフランス人は、IS戦闘員だった容疑で裁きを受けるためイラクに移送された初の外国人戦闘員だ。ISは数年にわたりイラクとシリアを恐怖に陥れたが、数か月前に支配地を失った。元戦闘員に対する世間の関心は非常に高く、仏内外でこうした裁判が行われるたびに、私やAFPの同僚たちは取材のため裁判所へ足を運ぶ。

 法廷に入る前、イラク人の被告らのそばを通ることがよくあった。外国人の場合と違って、イラク人が裁きを受ける際には母親や妻が立ち会うことが多い。女性たちの顔は涙でぬれ、苦痛にゆがんでいた。

ISに加わった罪でバグダッドの中央刑事裁判所から終身刑を言い渡されたロシア人の女たち(2018年4月29日撮影)。(c)AFP / Ammar Karim

 法廷では、被告から50センチほどしか離れていない場所に立つ。被告と私を隔てるのは、被告が入る木製の柵だけだ。サイズの合わない黄色い囚人服を着てビニールサンダルを履いた被告らは、法廷で意見陳述を行った後、無表情で判決に耳を傾ける。「被告人を絞首刑に処す」。アフマド・モハンマド・アリ(Ahmad Mohammad Ali)裁判官の声が、繰り返し響き渡った。

 判決を受けた被告らは、警察官に付き添われながら法廷を後にする。出口に向かう途中、記者や弁護士を突き飛ばす者もいる。

 フランス人の被告らは裁判に臨むにあたり、頭髪やひげをそり落としていた。だが、ISの宣伝活動組織やフランスやイラクの情報機関が公開した写真をしっかり見ていたので、被告らが誰なのか分かった。

IS系のアルフルガン・メディアが2014年3月17日に公開した宣伝動画の1シーン。イラク・アンバル州でISの旗を振る戦闘員(撮影日不明)。(c)AFP

 そこにいた男たちはかつて、自分たちが殺した人々の遺体の前でポーズをとった写真や武器を手にした写真、「処刑」の様子を捉えた動画を公開して世界中を震撼(しんかん)させた。また、シリアやイラクの権力の空白を利用して同地域一帯に「カリフ制国家」を樹立し、絶頂期には英国とほぼ同じ広さの土地を支配し、数百万人の命を意のままにした。

 だが、バグダッドの法廷の被告人席の男たちは、罪状が読み上げられた際に鋭い目つきでにらみつけることもあったが、動画でポーズを取っていた男たちとは似ても似つかなかった。

 中には、数百万人の生死を握っていた「宗教警察」のメンバーだったとして罪に問われた者もいた。彼らは動画やツイッター(Twitter)などのソーシャルメディアへの投稿を通じて、「カリフ制国家」に加わるよう自国の人々を促した。そこでは斬首が行われ、切断された頭部は街の中心部でさらされ、ISが一方的に押し付けた厳格なイスラム法に従わなかった人たちは公共の場で石打ちにされた。フランスの若者向けに制作された映像に登場し、ナシードと呼ばれるイスラム宗教歌とラップを融合した音楽に乗せて、ISに加わらなかった者たちに死をもたらすと誓う者もいた。法廷で流された動画の一つでは、男がこんなふうに唱えていた。

ISに殺害された人々の集団墓地がイラク・シンジャルで発見された翌日、消息不明の親族の手掛かりを探して歩くヤジディー教徒の女性(2015年2月3日撮影)。(c)AFP / Safin Hamed

「それは永遠の戦いだ」

 すべての人々に悪い結果をもたらすことになるだろう。

「仏陀(ぶっだ)から神に至るまで」

 ここで、アフガニスタンの旧支配勢力タリバン(Taliban)に破壊されたバーミヤン(Bamiyan)の仏像とローマ・カトリック教会のフランシスコ法王(Pope Francis)の画像が明滅する。

「ユダヤ人は相応の報いを受けるだろう」。この歌詞のリフレインに合わせて、米国のドナルド・トランプ(Donald Trump)大統領とイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)首相が握手を交わしている画像が映し出される。

IS系のアルフルガン・メディアが2014年3月17日に公開した宣伝動画の1シーン。イラク・アンバル州で志願者を勧誘するIS戦闘員(撮影日不明)。(c)AFP

 被告らは、ほぼ無表情でこうした動画を見ていた。裁判官が被告らに自分を指し示すように言うと、まるで初めて見る動画であるかのように、身を乗り出して食い入るように見つめる者もいた。

 被告らは、アラビア語とフランス語をせわしく使いながら意見陳述を行った。甲高い声で話す者もいれば、低い声で話す者もいた。短く弁解する者もいれば、強い口調で反論する者もいた。

 この期に及んで得意げに話す者もいた。IS司令部で働いていた時の給与について裁判官が言及すると、フォディル・タハール・アウィダット(Fodil Tahar Aouidate)被告はこう言った。「ISの金なんか必要ない」「姉妹が送金してくれたからな。そのせいで姉妹は刑務所行きだ」

 彼の姉妹のうち2人は、シリアに約1万5000ユーロ(約180万円)を送金したとしてテロ資金提供の罪に問われ、フランスで有罪判決を受けた。この金額の中には、2人以上の子どもがいる家庭に仏政府から支給される家族手当も含まれており、彼らの親族はISに加わるためフランスを離れた後も、手当を受け取っていた。

 後悔していると訴える者もいた。ムスタファ・メルズギ(Mustapha Merzoughi)被告もその一人だ。彼は、「テロとの戦いを支援する」のでフランスへ送還してほしいと裁判官に訴えた。

イラク・ティクリートのスペイサー軍事基地に横たえられた、ISに殺害されたとみられる人々の遺体に寄り添う男性(2015年4月12日撮影)。(c)AFP / Ahmad Al-Rubaye

 こうした裁判を初めて傍聴した際、ISの取材を何年も続けているうちに慣れてしまった恐ろしい話を再び聞くことになるのだろうと思った。

 ISの支配地だったモスルの奪還作戦が2016年10月に始まった時、頭上に白旗を掲げた市民の一団が街から逃げて行くのを見た。彼らの頭の中は、ISの支配下にあった数年間のおぞましい記憶でいっぱいだっただろう。

 ISから奪還された直後のイラクのハウィジャ(Hawija)を訪れた時には、喫煙者の死を誓う掲示や殉教をたたえるパンフレットなどが、まだ残されていた。

 夫や息子の消息がつかめない母親や父親に数え切れないほど会った。彼らはおそらくISによって殺され、どこかの集団墓地に埋められているのだろう。IS戦闘員を前にした時の親たちの恐怖や無力さについて、大人びた口調で淡々と話す子どもたちもいた。

イラク治安部隊によるモスル西部奪還作戦の間、市内から避難する市民(2017年3月3日撮影)。(c)AFP / Aris Messinis

 ISが行った最も衝撃的な犯行の一つが、少数派ヤジディー(Yazidi)教徒を中心とする女性たちを拉致して性奴隷としたことだ。このことは、バグダッドの法廷でも言及された。

 ヤッシン・サッカム(Yassin Sakkam)被告が「奴隷市場」に触れた際、裁判官は詳しく話すよう求めた。

「シリアのデリゾール(Deir Ezzor)にありました」。サッカム被告は淡々と語った。「外国人の間で知られているものです」

 ISは2014年8月、異端者と見なしていたヤジディー教徒が多数を占めるシンジャル(Sinjar)へ侵攻。ヤジディー教徒の男性数千人が殺害され、女性や少女数千人が性奴隷としてIS戦闘員に売られた。シリアに渡ったドイツ人の女は、夫とともに「買った」ヤジディー教徒の少女を脱水症状で死亡させた罪で今年4月、裁判にかけられた。

シリアにあるヤジディー教徒の村で保護された女性と子ども(2019年4月13日撮影)。(c)AFP / Delil Souleiman

 だがバグダッドの法廷では、ヤジディー教徒への言及以外に、ISによる犯行が取り上げられることはなかった。ISによる犯行のおぞましさ、犠牲者たちの運命、最終的な死亡者数、ISが与えた損害の規模などは、別の日に別の場所で審理されることになる。適切なプロセスを踏めば、200か所を超える集団墓地に埋められた犠牲者の身元が特定され、今も行方不明となっているヤジディー教徒約3000人の消息が明らかになり、ISの支配下に置かれた住民らが味わわされた恐怖が詳細に報告されることになるだろう。

 だが、バグダッドで開かれる公判の目的はそうしたことではなく、被告がISに所属していたかどうかを結論付けることだけだ。なぜならISはテロリスト集団に指定されているため、イラクの法律ではそのメンバーであるだけで十分死刑に値する。

 そのことに初めて衝撃を受けた時のことを、今も覚えている。2018年8月、私は仏南部トゥーロン(Toulon)出身の配管工で、ISに加わった罪に問われていたラセーヌ・ギブジャ(Lahcene Gueboudj)被告(当時58)の公判を傍聴した。被告はシリアで拘束された後、米軍によってイラクに移送されたと主張したが、裁判官はモスルで拘束されたのだと決め付けた。私は当時、どちらが真実なのか分からなかった。30分の審理の後、終身刑が言い渡された。後になって私は、被告の主張が正しかったことを知った。被告はシリアで拘束された後、イラクに移送されたのだった。

ISに加わった罪でバグダッドの中央刑事裁判所から終身刑を言い渡されたフランス人ISメンバーのジャミラ・ブトゥトウ被告(2018年4月17日撮影)。(c)AFP / Ammar Karim

 当時、外国人がイラク国外で犯した罪をイラク国内で裁くのは、ありえそうもないことに思えた。だがイラク政府はここ数か月、こうした裁判をもっと行う準備を進めているようだ。ISに加わった自国民を連れ戻すことに熱心な国はほとんどない。イラク政府関係者によれば、当局はシリアで拘束されたIS戦闘員とみられる外国人数百人の公判を買って出ており、その見返りとして被告1人につき200万ドル(約2億1500万円)を要求しているという。この金額は、キューバのグアンタナモ(Guantanamo)にある米海軍基地の収容施設で受刑者1人にかかる費用と同額とされる。こうした申し出を受け入れる国があるかどうか明らかになっていないが、たとえあったとしても公式に認めることはないだろう。これまで、容疑者を連れ戻して自国で裁判にかけた国はほとんどない。

 公判に臨んだフランス人の被告11人は、法廷を埋め尽くすジャーナリストや外交官らの前で約2時間にわたり意見陳述を行った。その前には、IS戦闘員だった疑いのあるイラク人数千人と外国人数百人が、同じ裁判官らの前に立った。

 彼らの公判は数分で終わり、大半は死刑か終身刑を言い渡された。だが、審理の内容を正確に記録する人は、そこにはいなかった。

IS最後の拠点、シリア北部バグズを離れ、けがをした仲間を運びながらSDFの管轄区域へ向かうIS戦闘員とみられる男たち(2019年2月22日撮影)。(c)AFP / Bulent Kilic

このコラムは、AFPバグダッド支局のサラ・ベナイダ(Sarah Benhaida)支局長が執筆し、2019年6月4日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。