■微妙な現実を隠す政治的放任

 タンワーリン氏の政治的野心は、映画監督して成功を収めたキャリアを経て生まれたものだ。同氏の2010年公開の作品『Insects in the Backyard(原題、裏庭の虫の意)』は海外で上映された。

 だが、タンワーリン氏は、LGBTの生活にかかわる法的枠組みの変更を推し進めるには、芸術的キャリアだけでは不十分だと語る。「私たちは政治の世界に入る必要があった」

 タンワーリン氏は国会議員としての最初の活動として、「男性と女性」とされている夫婦の法的定義を「個人と個人」に改定することを目指している。実現すれば、タイは台湾に次いでアジアで2番目に同性婚を認める国となる。

 タイでも同性婚を認める法案が提出されてはいるが、政治的混乱で宙に浮いたままになっている。しかも、同性カップルが子どもを持ったり養子を迎えたりする権利は認められていない。

 人権擁護団体は、LGBTに対する政府の放任的態度が、微妙な現実を隠してしまっており、政治的行動が求められると指摘する。

 国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)の研究員、カイル・ナイト(Kyle Knight)氏は、トランスジェンダーの人々は「通常、職場で差別され、多数が低賃金の仕事に就くのを余儀なくさせられる」と語る。彼らの多くが家族から拒絶され、最後には性産業に追いやられ搾取されているという。

 タイ語でトランスジェンダーを意味する「カトゥーイ(katoey)」という言葉は、いまだ軽蔑の意を込めて使われている。

 3月に行われた総選挙で立候補し、精力的に選挙活動をしていたが落選したポーリーン・ガームプリング(Pauline Ngarmpring)氏は、LGBTが政治参加することが、そのコミュニティーと人権一般のための「最初の一歩」となると呼び掛けた。

 同氏はかつて「ピニット」という名前を持ち、2人の子どもの父親で、タイサッカー界で名をはせていた。ここ数年で状況が前進した瞬間が何度かあったと語る。「トランスジェンダーの人々は医師や実業家、教員として働くようになったが、まだごく少数だ」

 タンワーリン氏が政治の場に乗り込んだだけで、論争が巻き起こり、ソーシャルメディアに「悪意のある」コメントが出現している。

 だが、タンワーリン氏はこの挑戦を楽しんでいる。

「私は怖くない」と同氏。「理解できない人たちの意識を高めるために、ここにいる」 (c)AFP/Sophie DEVILLER / Sippachai KUNNUWONG