お店ではありません

お洒落なレストランやブティックと、戸建ての住宅が混在している、東京目黒区の青葉台の一角。大きなガラス扉の向こうに、黄色いロータス・ヨーロッパが停まっている、カーブした壁が特徴の建物がある。ここが宇野澤正さん(49歳・自営)のお宅だ。もっとも建物の前には2台も駐車可能なスペースがあるうえ、ロータスが納まるショーウインドウは夜にライトアップされる。そしてなにより、この外観だ。たいていの人は、お店と思うだろう。そう、この普通でない外観こそが、建て主が求めたものだった。

目黒区に生まれた宇野澤さんは、家を建てる際は同じ区内と決めていた。そして見つけたのがこの土地である。建築家の選定方法も独特で、都内の住宅街を自分の足で歩き、気になった家を手掛けた建築家に連絡した。専門誌に掲載された写真から判断するのではく、実際に自分の目で見てカッコイイと思う家を設計した人物に依頼したのである。そしてこのお宅を手掛けたのが、EDH遠藤設計室を主宰する遠藤政樹さんだ。代表作である、曲面で構成された大きな繭のようなオフィスビルの模型とスケッチがポンピドゥー・センターに永久保存されるなど、創造性豊かな建築で国際的に知られる建築家だ。実は宇野澤さん、遠藤さんに頼む前に、何人かの建築家に設計をお願いしていた。ところが出てきた案は、室内は個性的であっても、外観は想定内。普通でない家を求めていた施主は、納得のいかない家に長年住み続けるのではなく、満足度の高い家で暮らすことを選び、所定の設計料を支払って丁寧に断ったうえで、別の建築家に独創的なプランを求めていたのである。遠藤さんは何人かが断られた経緯を聞いて、自身を「曲面を使う数少ない建築家」と分析し、4つの湾曲した壁が2階の長方形の屋根を支える家のプランを提案。見事宇野澤さんの心を捉え、トレンドの店舗が多い街にあって、ショップか事務所に見紛う家が完成したのである。

大きく湾曲した壁4枚で、2階の長方形の屋根を支える構造の宇野澤邸。採光は、この壁と壁の間の三角形の窓が中心。普段ロータス・ヨーロッパは、ガラスの扉のあるガレージに納まっているので、道路からも見える。一階からX字に2本の階段が上下階に出ており、地下に続く階段からは、ガレージの床より低い視点でガラス越しのクルマが見える。

そんな家の主は、建築マニアではなく、大のクルマ好きだ。実はこの家は、愛車の「ロータス・ヨーロッパ(1969年型)あっての家」と話す通り、家の色々な場所から、ガラス越しにロータスが見えるように設計されている。また、通りからも見えるので、勝手に敷地内に入って、ガラス扉越しに車庫を覗いている海外からの来訪者も少なくない。ガレージのガラス扉は、最低地上高の低いロータス・ヨーロッパのため、引き戸ではなく左側を軸に開閉する構造を採用。段差が無いように仕上げられている。

子供の頃は、スーパーカーに憧れていた宇野澤さん。ところが運転の楽しさと、現実的な維持費に惹かれ、働き始めた23歳の時にこのロータスを手に入れた。以来、26年間、色々と手を入れつつ(時には大きな修理も)、ずっと乗り続けている。最初は左ハンドルだったが右ハンドルに替え、ボディカラーも何回かの変更を経て、今はレモンイエローに落ち着いた。当初の車体で、現存しているのはAピラーくらいと言うのだから、殆ど原形をとどめていない。それでも、振動や音などを含め、現代のロータスの走りを物足りなく感じる宇野澤さんの、このクルマに対する愛情は相当に深い。今でも年に一回はサーキットを走る他、クルマ仲間との交流も大きな楽しみだ。ただ少し残念なのは、昔は一緒にドライブに出かけてくれた息子さんが、最近は助手席に乗ってくれないこと。「今どきの子供は、クルマに興味がないようですね」と呟く。時代は『サーキットの狼』が流行った頃と確実に違うようだ。

さて、この家の間取りは、1階が3台分のガレージ(屋内のロータス用と、屋外の仕事用のクルマと来客用)と、玄関に小さな事務スペース。地下は事務室と、主寝室にバスルーム。2階は大きなリビングダイニングのみで、3階は子供部屋の、いたってシンプルな構成だ。そもそも宇野澤さんが欲しかったのは、寛ぐための家ではなく、遊ぶために帰る家だ。平日は近県の工場のある町に住み、週末は妻と子供が暮らす目黒区に戻ってくる二拠点生活である。そのため自邸の位置づけは、毎日家に帰る人とは当然異なるもの。

曲面の壁は、板状の鉄骨を異なる方向に並べて作り上げたもの。この構造を利用したシェルフには、宇野澤さんが集めた楽しそうなものが並ぶ。
個性的な2階のリビングダイニング。湾曲した壁の造形は内部空間にも表れ、壁は斜めになっている。船底型に天井を落とし、3階の子供部屋の高さを稼いだ。
取材時は冬の終わ りで、子供部屋ではこたつを使用。親の目がしっかり届くようにと、入り口には扉を設けず、カーテンを吊るした。凹型の部屋で、入り口の左裏が寝台。右がクローゼット。家の様々な場所からロータス・ヨーロッパが見える。
主寝室は地下に。

階段の多い家

1階から上下階に2本ずつ階段が伸びる構成のため、階段ホールは余裕があり建物が広く感じられる。
キッチンもデザイン優先で、多くのモノが隠れるように設計されている。

1階からX字に2本ずつ上下階に伸びている階段も、実にユニークだ。これは、「階段に上下の階に行き来するだけ以上の機能を持たせたい」、という建て主のリクエストに建築家が応えたものである。階段は一直線ではなく、X字の階段が交わる部分を繋いで踊り場を備えたもの。一見無駄が多いようだが、将来地下の事務室を仕切ってお母様の部屋とする場合は、他の部屋を通らずに直接部屋にたどり着けるので便利だ。またこの構造のため、ガレージのクルマが様々な位置から見えるうえ、空間が広く感じられる効果もある。この余裕のある階段のお陰で、声が抜けるのも発見だった。玄関で声を掛ければ、3階の子供部屋から返事が返ってくることもある。宇野澤邸は、好きなモノに囲まれたカッコイイ無機質な家のようであって、家族の気配が感じられる家でもあるのだ。しかも家族は、宇野澤さんのクルマや建物などへの、強いこだわりを理解している。毎週末この家に、「遊ぶ」ために帰ってくる生活は、想像するだけで楽しそうだった。

■建築家:遠藤政樹 1963年東京生まれ。東京理科大学大学院修了。難波和彦の建築事務所を経て独立。鉄骨を使った独創な建築で世界的に知られるが、合理的な住宅・集合住宅も多い。千葉工業大学教授で、長年にわたってブータンに残る伝統住居の研究も行ってきた。フォード・エクスプローラーとフィアット500Cの2台持ち。

文=ジョー スズキ 写真=山下亮一

(ENGINE2018年6月号)

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