■「極度の医師不足」

「この種の暴力は、イラク各州で日常的に起きている」。そう話すのは、サラハディン(Salaheddin)州保健局副局長で薬剤師でもあるサハル・マウルド(Sahar Mawlud)氏だ。「患者が病院に到着したときにはすでに亡くなっていた場合でも、医師らが仕事をしなかったと言って遺族が怒ることがある」

 世界保健機関(WHO)によると、イラク北部のキルクーク(Kirkuk)州では今年2月、70歳の重病患者の治療に当たっていた医療従事者が暴行を受けたという。

 さらに胃腸科専門医のフセイン・ウダイ(Hussein Uday)医師によると、同国南部の産油地域バスラ(Basra)では、心臓外科や神経系の専門医らが、報復の「恐怖」にさいなまれて国を離れるケースが続出したという。

 赤十字国際委員会(ICRC)やイラク保健省、その他の医療組織が合同で実施した調査によると、過去15年間にイラクを離れた医師は合計約2万人に上る。

 同調査ではまた、イラク人医療関係者の70%が、報復や拉致、殺害を恐れて国外への移住を検討していることも明らかになった。保健省報道官は「イラクは極度の医師不足に直面している」と述べる。

 WHOによると、2017年時点のイラクでは、住民1万人に対する医師の数がわずか9人だった。これは、隣国クウェートの3分の1未満、内戦で荒廃したリビアの2分の1未満だという。だがイラクの医療分野が直面している問題は、医療従事者らの苦悩だけにとどまらない。

 医療インフラは度重なる紛争に加えて、2003年にサダム・フセイン(Saddam Hussein)政権が米主導のイラク侵攻によって崩壊するまで10年以上にわたった国際社会からの制裁によって、壊滅状態に陥った。その後は宗派間抗争が激化し、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」との3年にわたる戦いが2017年まで続いた。