【4月4日 AFPBB News】数人が作業するテーブルの真ん中で、白猫が日差しを浴びてくつろいでいる。東京・世田谷区で開催されている「羊毛フェルト教室」では、受講生らが白猫をモデルに針を持つ手を動かして、猫の頭の部分を作っていた。

 白猫は作業の邪魔をしているのではなく、「モデル」の羊毛フェルトでできた猫だ。首をかしげる姿勢や目元の表情が生き生きとしていて、つい生きている猫と見まがう。受講生たちは、いずれは自分の猫をモデルにした人形を作りたいと考え、せっせと手を動かしている。

 
 教室を主宰するのは、羊毛フェルト作家の横山まゆみ(Mayumi Yokoyama)さん(40)。証券会社を退職した2012年ごろから、猫のフェルト人形を本格的に作り始めた。

 横山さんにとって猫との付き合いは、幼かった自分の「子守役」だった頃から。自営業で多忙だった両親に代わるように、猫は自分と遊んでくれた。横山さんの猫に対する感謝や愛情は深く、今も3匹の猫と暮らしている。

 これまでに作った猫のフェルト人形は約100体。オーダーメードの場合は、8割が猫を失った飼い主からの依頼だ。提供された猫の写真をもとに、毛の模様や目の色、顔などを忠実に再現する。大きさにもよるが、すべて手作業のため、1体を仕上げるのに約1か月かかる。

 依頼主の猫に対する思いもさまざまだ。思い出がつづられた長い手紙が届くこともあれば、制作を注文したものの心の整理がつかず、制作を始める直前になっても写真が送られてこないこともある。横山さんももちろん、別れを幾度か経験しており、依頼主の複雑な気持ちはよく分かるという。

東京・世田谷区のフェルト教室で(2018年12月15日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■「ゆっくり、しのびながら作りたい」

 横山さんの教室は、昨年10月に白猫を作る初級講座として始まった。特に参加条件を限定したわけではないが、愛猫を失った悲しみから立ち直れないままの人が何人かいる。病気や高齢の猫を世話している人もいる。

 埼玉県鶴ヶ島市から教室に通う会社経営者の中島エイコさん(57)は、1年前に2歳8か月で死んだ愛猫を作りたいと参加。「本当は生きているうちに作りたかった。でも、こうしてゆっくり、しのびながら作るのもいいかな」

 静岡県から参加する人もいる。会社員の50代女性は、これまでに地域で保護された猫35匹を引き取り、現在も12匹と暮らす。相次いで猫たちを看取らねばならなかった時期もあった。「『悲しみを乗り越える』とはよく言いますが、そうそうできるわけではありません。それでも、神様にお返しする日まで大切にお世話したい」。持ち歩いているメモ帳には、それぞれの名前と命日が記されている。見送ったすべての猫のフェルト作品を作るつもりだという。

猫の命日が書き込まれたメモ帳(2018年12月15日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

■「別れを受け入れるために」手作業の効果

 手先を動かすなどの軽作業が、悲しみからの回復に効果があると指摘する専門家もいる。心理カウンセラーで獣医師の吉田千史(Chifumi Yoshida)さんは、代表を務める「日本ペットロス協会」で、ペットを失った悲しみが長引く相談者には、「祭壇を手作りしたりイラストを描いたりなど、ご供養になるようなことでできそうなことはありますか」と聞いてみるという。「忘れるために没頭するのではなく、別れを受け入れるための方法です」

 横山さんのフェルト猫教室では、猫の来歴がお互いを知るきっかけになっている。「夫の連れ猫」「娘の後を付いてきた」など、それぞれが「猫との物語」を持っている。

「自由に作っていると、不思議なことに、猫人形が作る方の顔に似てくるんですよ」と横山さん。ふわふわの羊毛が、参加者が無心に手を動かすうちに、だんだんと「うちの子」の形になっていく。その過程は、ペットを飼うことで得られる喜びや楽しみ、別れへの不安や怖れといった、さまざまな思いに向き合う場になっているのかもしれない。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

横山さんが注文に応じて作ったフェルト猫人形(2018年12月27日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi