■はびこる新兵いじめ

 取材した若者たちが口をそろえるのが、軍内ではびこるいじめのひどさだ。首都カイロ近郊のヘルワン大学(Helwan University)の美術学部を卒業後、兵役で入隊したムラド(Mourad)さん(24)は、シナイ半島で陸軍第3方面軍に配属された。「俺は彫刻とデザインを4年間学んだんだけど、ここでは将校様用の便所洗いをやっている。将校たちは俺より若いんだけど、怒鳴り散らしたり、ばかにしてきたりするんだ。ばかにするのはね、相手の人格を壊すためにわざとやってるんだ。まるで奴隷か犬みたいな扱いだよ」

 ただ、愛国心に燃え、「やるかやられるか」の世界である軍にあっては、不満を口にしたり、怒ったりするわけにもいかず、こうした生活に適応せざるを得なかったという。ムラドさんは明かす。「俺自身、盗みをしたり、うそをついたりするようになった。偽善者になり、不正があっても見て見ぬふりをするようになった。年下の兵士をいじめたり、脅したりするようにもなった。でも、こういうことは、指揮系統の中で抑圧が生まれた場合に、つきものなんだと思う。そこでは結局、みんな自分より地位が下のやつを虐げようとするんだ」

 自分もいじめる側になったというのは、冒頭のモハメドさんも同じだ。エジプト第2の都市アレクサンドリア(Alexandria)の工業専門学校を出たモハメドさんは、地元サッカークラブの人気選手だった。その特技を生かして軍のサッカーチームで活躍の場を見つけ、兵役を楽にこなそうという腹づもりだったが、残念ながらそうはいかず、陸軍第2方面軍に2年間勤めることになった。現在は酒保(兵営内の売店)の担当だ。

「情けない話なんだけど、俺もいじめをするようになった。自分がどんな人間か、それをけんかっ早いところだとか、あえて粗暴に振る舞ってみせるとかして示さないといけないんだ。そうしないと、なめられるからね」

 モハメドさんは酒保を運営する間に、トラブルを避ける必要から不正に手を染めるようになったとも告白する。「その隊長殿ってのが、酒保から上がる利益をピンハネしたがるやつでさ。もともとは大隊の収入になるものなんだけど。帳尻を合わせるために、俺はせっせと伝票を偽造しまくった。期限切れの菓子や食品を自腹で買ったこともある」

 インタビューの間、自身の行動を正当化しようとしているうちに、モハメドさんはエジプト人の間でよく知られているある警句を思い出した。いわく、「軍のおきては、とにかく何とかしろ」。モハメドさんは、その場をしのぐために自分も何とかしないといけないんだと話し、こう続けた。「罪だってことは分かってるけど、基地の中には神を知らない人もいる。そういうふうに振る舞わないと、俺も毎日をやり過ごせなかったと思う」