■「略奪された花嫁」

 人身売買の被害者は、貧しい地域の出身者が多い。彼女らは、交際相手にだまされて売られたり、誘拐されたりして中国に連れていかれるか、もしくは結婚や仕事のオファーに釣られ、自ら国境を越えることもある。

 同国で最も貧しいグループの一つである少数民族モンの人々も数多く狙われている。ズアさんやディさんもこのグループに所属している。

 人身売買組織は、週末の人であふれる市場でターゲットを物色すると言われている。狙われるのは、休日用のとっておきの服を着て、中国製の最新型スマートフォンを手に、若い男性と話したり、口紅やキラキラした髪留めを探したりしている少女たちだ。

 その他、フェイスブック(Facebook)でターゲットを見つけ、時間をかけて口説き落とし、最終的に中国におびき寄せるやり方もあるという。

 モン族には、男性が女性を家から誘拐して花嫁にする「zij poj niam(略奪された花嫁の意味)」という習わしがあった。ここでは、花嫁の結婚への同意はケース・バイ・ケースだっという。しかし今では、中国への人身売買がこの風習に取って代わる存在となってしまった。

 中には、学校を中退して早くに結婚し、畑仕事をしなければならない地方部ハザン(Ha Giang)での生活よりもいい未来が待っているとうそぶき、女性らを誘惑するケースもある。

 これについて、NGO「プラン・インターナショナル(Plan International)」ベトナム事務所のレ・クイン・ラン(Le Quynh Lan)氏は、「少女たちは稼ぎを得るため国境を越え、人身売買のわなに掛かってしまう」と指摘する。

 ベトナムで2012~17年に人身売買被害にあった人は約3000人に上っている。だが、国境付近では法律が機能していないことも多く、正確な数は「これよりも明らかに多い」とラン氏は言う。

 ズアさんと共に行方不明となっているディさんは、内気な性格で市場にもめったに行かず、異性への興味もあまり示さなかったという。そのため、母親のリ・ティ・ミ(Ly Thi My)さんは、娘が誘拐されることなど、夢にも思っていなかったと話す。

 2人で写真を撮ってから2週間後、お互いにクスクスと笑い合っていたズアさんとディさんは、家から近い国境付近まで散歩に出かけてそのまま行方不明となってしまった。

「娘(たち)はだまされて、花嫁として売られてしまったのだと思う。今、娘たちがどこにいるかは分からない」とミさんは言う。