学校には5つの学年があり、高先生は、5年生と2年生を一つのクラスに合併し、教壇に立った。妻は1年生と3~4年生の複式学級を受け持った。毎朝、夫婦は朝早く学校に来て、窓を開けて空気を入れ替え、教室と庭の掃除をすませ、子どもらが登校してくるのを待つ。

 夫婦は異なる教室で授業を行い、休み時間も顔を合わせることは少ないが、薄い壁越しに互いが授業を行う声が聞こえてくるので「安心する」という。

 夜になると高先生は妻と共に簡単な食事を済ませ、宿題の添削と、翌日の授業の準備にとりかかる。2人は、このように学校を守り続けてきたのだ。

■教育重視の村

 高先生が住む趙家崇は、街から遠く離れており、経済的にも遅れを取っているが、村の人たちは教育を重視し、多くの教師を輩出してきた。

「私の父親の時代には、教師が多かった。当時、村の26戸の住民の中に教師が18人もいた」。高先生の父親もそのうちの1人だったという。

 34年間で何人の生徒に教えたか、高先生自身覚えていないが、自分が教えた子どものうち400名超が大学に進み、30人が大学院に入ったことを知っている。

 毎年、新年を迎える頃、教え子らは故郷に戻ってくる。みな、高先生の家を訪れ、外地での生活や仕事について報告をする。高先生にとって、最も幸せで、最も達成感を感じる時だ。(c)東方新報/AFPBB News