■北からの追い風

 パク氏によると、金総書記は当時、目前に迫っていた韓国の大統領選に大きな関心を示していたという。

 韓国で大統領選がある年には、それに合わせるかのように、南北間の軍事的緊張が高まる傾向にある。これは、無党派層の票が保守系に流れる原因にもなり、韓国では「北風」現象として知られている。

 1987年の韓国大統領選直前には、アンダマン海(Andaman Sea)上空で大韓航空(Korean Air)858便が北朝鮮工作員によって爆破され、115人の命が失われた。大統領選まで3週間を切ったタイミングでの事件だった。

 パク氏本人も1997年の大統領選を前に、南北間のある緊張状態を目の当たりにしていた。保守系候補者・李会昌(イ・フェチャン、Lee Hoi-Chang)氏の支持者ら3人から、投票日の数日前に武力攻撃を仕掛けるよう依頼されたと話す北朝鮮の役人らを見たというのだ。

 北京のホテルの一室でパク氏が見たのは、韓国側から受け取った(報酬とみられる)ドル紙幣を数える北朝鮮の役人らの姿だった。彼らの前には「10万ドル(約1100万円)の札束が36束あった」と同氏は主張する。

 パク氏は、ANSPの上司らと当時リベラル系候補だった金大中(キム・デジュン、Kim Dae-Jung)元大統領の選挙事務所にこれを報告。同事務所がそれを公にしたため「事件」は未然に防がれることとなった。選挙では金氏が僅差での勝利を収めた。

 李氏の支持者ら3人は、北朝鮮との接触を禁じる韓国の国家保安法(National Security Law)に違反したとして後に有罪判決を受けた。だが上訴審でパク氏が証言を拒んだことから、最終的には無罪放免となっている。