■高級腕時計ロレックスの模造品

 パク氏は、1990年に韓国軍の情報部に入り、当時まだ初期段階にあった北朝鮮核開発についての情報収集に当たった。

 ここでは、韓国にルーツを持つ中国人原子物理学者との関係を築き、後に100万ドル(約1億1500万円)の報酬と引き換えに、北朝鮮が低性能の核兵器2発を製造したとの情報を入手した。

 1995年には、当時の韓国情報機関だった国家安全企画部(ANSP)に配属され、そこで「ブラックビーナス」というコードネームが与えられた。

 パク氏は当初、中国・北京に拠点に置き、中国の農産物を輸入する韓国企業に紛れ込んでいた。ここで取り扱っていた物品は、非関税扱いの北朝鮮製品として偽装されていた。こうした仕事を通じて、徐々に北朝鮮側の接触者やその他の情報提供者らとのネットワークを構築していったのだという。

 北朝鮮の高官らに接触するためには賄賂も使った。北朝鮮情報機関のナンバー2が北京を訪問した際には、高級腕時計ロレックスの精巧な模造品を贈った。

 大きなチャンスが訪れたのは、北朝鮮の現指導者、金正恩(キム・ジョンウン、Kim Jong-Un)朝鮮労働党委員長の叔父、張成沢(チャン・ソンテク、Jang Song-Thaek)氏のおいを、中国の刑事施設から釈放されるよう根回しした時だ。張氏のおいは、中国の複数の貿易会社に対して16万ドル(約1800万円)の負債があったが、パク氏が返済を手助けしたのだという。なお、張氏は2013年、裏切者として処刑されている。

 おいの釈放を喜んだ張氏の家族は、パク氏を平壌に招いた。これをきっかけにパク氏は、朝鮮民族発祥の聖地とされる白頭山(Mount Paektu)や南北離散家族の再会行事が行われる金剛山(Mount Kumgang)など、北朝鮮各地でのCM撮影を可能にする400万ドル(約4億6000万円)の契約を北の観光当局と結んだ。

 北朝鮮は当時、主要な支援国だった旧ソ連の崩壊に続く社会主義経済の低迷によって壊滅的な資金不足に陥り、数百万人の市民が飢餓にあえいでいた。

 他方でパク氏は、北朝鮮で出土の青磁器を韓国の富裕層に売却するために、金一族を手助けしたこともある。数百万個がまだ埋もれたままとなっている妙香山(Mount Myohyang)付近の発掘現場を一緒に訪れたある専門家は、これらの青磁器に10億ドル(約1100億円)以上の価値を見いだしたとされる。

 数回目の北朝鮮訪問となった1997年、パク氏は百花園迎賓館(Paekhwawon Guest House)に案内され、そこで故金正日総書記と初めて会った。金氏は、ここでいつも夜遅くまで仕事をしていたという。

 部屋に通されると、金総書記は握手を交わす素振りすら見せず、青磁器売却の話ばかりをしていたとパク氏は話す。「彼の声は少しハスキーだったよ。正体がばれることを恐れて緊張するどころか、私はむしろ安心した。なぜなら、北朝鮮の信用を完全に勝ち取っていたからね」

 この時、パク氏の尿道には小さなレコーダーが隠されていたという。