朱さん夫婦は仕事を辞め、息子を捜し回った。誘拐された子どもたちは農村に売られると聞き、全国の農村の新聞に息子を捜しているという内容の記事を出し、手がかりがあればどこへでも駆けつけ、3年間で20万元(約335万円)費やした。

 経済的損失よりも、精神的ストレスの方が当然、大きかった。朱さんは毎晩よく眠れず、神経が衰弱していった。どこかで子どもが泣く声が聞こえれば、盼盼ちゃんが辛い思いをしていないか、いじめられているのではないかと気が気でなかった。

 95年冬、朱さん夫婦は3万元(約50万円)の借金をして、河南省に赴いた。誘拐され、現地の警察が救出した子どもたちの中に、盼盼ちゃんと年齢や顔つきが近い子どもがいるとの連絡を受けたためだ。開封市(Kaifeng)の児童病院で、その子と対面した。

「第一印象は似ていないと思った」と、妻の朱さんは当時を振り返った。目の前にいる子は盼盼ではないと思ったが、夫が舞い上がっていたため言い出せず、半信半疑のまま親子鑑定を依頼した。

 当時、親子鑑定を行える機関は、司法機関の直属がほとんどだった。90年代は公安や検察院、法院は傘下に法医学の鑑定機関を擁しており、朱さん夫婦も、河南省高級人民法院に鑑定を依頼した。

 河南省高級人民法院の法医学技術鑑定専用章が押印された鑑定書には、血液型やDNA、指紋について検査を行い、3人のDNA型を「メンデルの法則」に従って比較した結果、「生物学的親子関係が存在すると判定された」と記されていた。

 朱さん夫婦は、「盼盼ちゃん」を重慶に呼び寄せ、2歳になった次男と4人で暮らし始めた。(c)東方新報/AFPBB News