【7月24日 AFP】外国人記者としてトルコの取材をしていると、非常に大きな影の下にいることを感じる。この影を落としているのは、身長185センチ、いまだ非常に精力的な64歳の男だ。彼は、過去15年間この国を支配して来た。6月24日の選挙で勝利し、あと少なくとも5年、ひょっとしたら10年はその地位に居続けるだろう。レジェプ・タイップ・エルドアン(Recep Tayyip Erdogan)、その人だ。

(c)AFP / Aris Messinis

 陽光降り注ぐエーゲ海(Aegean Sea)のビーチ、アナトリア(Anatolia)半島中部のティーハウス、温順な黒海(Black Sea)地方の森林――この国は多様な魅力に満ちている。だが、政治から離れて「本当のトルコ」を見つけようとどんなに頑張っても、エルドアン大統領の支配から逃れることは難しい。集会の開催を知らせる看板からこちらを見下ろし、テレビから新しいプロジェクトを称える声が響くのはもちろん、トルコの人々は単に、「タイップ」について話すことをやめられないのだ。

 イスタンブールの素朴なコーヒーショップからモスクの日陰に作られたティーガーデンまで、個々人の政治的見解に関わらず、至る所でエルドアン氏が話題の中心になっている。大統領についての考え方の違いが家族や友達を引き裂き、絶え間ない、時にはとげとげしい議論を巻き起こす。支持者にとって、エルドアン大統領はトルコの救世主に他ならない。オスマン帝国以降の歴史において、これほどトルコが存在感を示したことはなかった。そして2016年7月15日、エルドアン大統領の支配に反対し起こったクーデターは未遂に終わった。エルドアン大統領は、ジャーナリストや反対派の逮捕を含む広範な弾圧を行っており、トルコを経済的にも政治的にも危険な道に導こうとしている。

 地方の空港で以前、エルドアン大統領支持派と反対派の男性同士の間で争いが起こったのを目撃したことがある。親大統領の男性が携帯電話で大統領の演説を聞いていると、反大統領の男性が「その騒音を消せ。静かに読書ができないだろ」と言った。すると親大統領の男性は、「自分の国の大統領の話を聞くのは当然の権利だ」と言い返し、最終的に警備員が間に入ることになった。エルドアン大統領は2018年6月の選挙で勝利したことで、新憲法で強化された権限を得た。そして、自身が率いる政党が主導する政党連合が国会の過半数を占めることになった。エルドアン大統領の支配は強化され、その大きな影はさらに大きくなるだろう。選挙の後でさえ、イスタンブールはエルドアン大統領の顔であふれていた。おそらくトルコ独特の習慣である「選挙後のプロパガンダ」だ。そこには、「我々の国の勝利だ、トルコの勝利だ、ありがとうイスタンブール!」というスローガンが書かれている。

トルコのイスタンブールにあるタクシム広場のレストランで、肉をそぎ落とす従業員。店のガラスにはレジェプ・タイップ・エルドアン大統領のポスターが映っている(2018年6月20日撮影)。(c)AFP / Bulent Kilic

 私のイスタンブールでの1日は、毎日同じように始まる。目覚ましが鳴り、カモメが屋根で鳴き、ボスポラス(Bosphorus)海峡を行き交う船の汽笛がとどろく。おそらく朝のお祈りの呼び掛けが始まっていて、人々がすでに通りで話をしている。

トルコのイスタンブールにある金角湾(2016年1月撮影)。(c)AFP / Ozan Kose

 私は目をこすり、新たな1日の準備をする。携帯電話に手を伸ばし、よく見るウェブサイトをチェックする。「tccb.go.tr」だ。これはトルコの大統領のウェブサイトで、早朝になると、左側の隅の小さな枠にエルドアン大統領の1日のスケジュールが掲載される。通信社の記者として、別の声も聞こうとどんなに努力をしても、常にエルドアン大統領がそこにいる。エルドアン大統領は、他国の元トップの言葉を借りれば、「異常に活動的な大統領」だ。時には1日3回演説する。世界中の指導者との会談は言うに及ばず、アンカラ(Ankara)で豪華な式典も催す。それでも十分でなければ、その後に深夜のテレビインタビューに登場したりもする。トルコで起こるすべての出来事と、外部がそれをどのように受け取るかということは、エルドアン大統領の声が影響を及ぼす。

 まさしく、そのように意図されている。エルドアン大統領の声が独占するテレビは、トルコの大多数の人々にとって、いまだに主要な情報源だ。あのおなじみの声が携帯電話、家々の窓、カフェなどあらゆる場所から聞こえてくる。英語で「ヘイ!」を意味する「エイ!」というトルコ語を叫ぶ。この言葉は、エルドアン大統領が何かに対して言葉で一気に攻撃を始めるという合図だ。攻撃の対象は、欧州連合(EU)や米国だったり(今回の選挙では反西洋的発言はあまり聞かれなかったが)、政敵だったりする。大統領が生中継で話すときは、すべてが止まる。放送中のテレビ番組はすべて、エルドアン大統領の演説の生中継に切り替えられる。

 選挙期間中、最有力対抗馬のムハレム・インジェ(Muharrem Ince)氏のことは非常に限られた時間しか放送されなかった。国営のトルコ・ラジオ・テレビ放送(TRT)が、イスタンブールで行われたインジェ氏の最後の選挙集会を1秒も放送しなかったのにはあきれた。代わりにトルコの歴代大統領の映像を流していた。インジェ氏はこの仕返しに、選挙後の記者会見からTRTの記者を締め出した。他の候補はさらにひどい扱いを受けた。反エルドアン派の民族主義政党の党首であるメラル・アクシェネル(Meral Aksener)氏のことが放送されることはほとんどなかった。アナリストらは、アクシュネル氏の潜在的支持者である民族主義者は、同氏が大統領選に立候補していることさえ気づいていない可能性があると批判していた。

トルコのイスタンブールで、6月24日の大統領選と総選挙に向け、バスの屋根の上に乗り演説をする大統領候補の共和人民党ムハレム・インジェ氏(2018年6月10日撮影)。(c)AFP / Yasin Akgul

 2014年にトルコに来るまで、私はロシアで5年以上働いていた。このため、エルドアン大統領とロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領の政治家としての経歴が似ていることが気になった。

 2人の類似性を示すのは簡単だ。2人とも60代半ばの男性で、帝国解体後にできた近代国家を経済危機から救い出し、国際的にこれまで以上の存在感を示した。そして、しばしば西側との関係を犠牲にしている。議論の余地はあるが、国民からの人気は、強硬で大胆なリーダーシップによるところが大きい。両国では、帝国が解体されてからも、このようなリーダーシップに憧れを抱く人が多い。だが、2人の性格と同じくらいトルコとロシアの社会が正反対に位置するため、あまり目立たないものの違いもある。例えば、プーチン大統領は、エルドアン大統領よりもはるかに寡黙だ。プーチン大統領は、大規模な行事を実施する時を除けば、めったに演説をしない。対照的にエルドアン大統領は、1日に3回(1時間もの!)演説をすることもある。直近の大統領選で、エルドアン氏は国中を遊説した。ロシアの直近の大統領選では、プーチン氏はいかなる長さの演説も公式には行わなかった(私が取材した2012年の大統領選でも、モスクワのルジニキ・スタジアム(Luzhniki Stadium)で行われた大規模な選挙集会で話しただけだった)。

トルコのイスタンブールで行われた記者会見で、言葉を交わすロシアのウラジーミル・プーチン大統領(左)とトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領(2016年10月10日撮影)。(c)AFP / Ozan Kose

 選挙戦における数々の不公平な行為にも関わらず、エルドアン大統領は真の競争にさらされ、アナリストらは過半数が獲得できなかった場合に実施される決選投票が行われるのではないかとまで予測していた。一方、2018年のロシアの大統領選は、プーチン大統領の戴冠式のようだった。これは国民の支持率の違いから説明できる。トルコでは、エルドアン大統領支持派と不支持派に(ほぼ)2分されていて、エルドアン氏は大統領選で得票率52.6%で、辛くも逃げ切った。プーチン大統領の得票率は76%だった。反対派を抑え込んでいるとは言え、ロシア人の圧倒的多数の支持を得ていると言ってよいだろう。

 エルドアン大統領は、選挙で勝つために総力を挙げて取り組み、最高の自分を出さなければいけなかった。インジェ氏は大統領選で、経済から外交政策に至るまであらゆる問題においてエルドアン大統領をちゅうちょなく非難し、タブーを犯すこともいとわなかった。エルドアン大統領は欧米の政治家と同じように、選挙中の失言は絶対に避けなければいけなかったが、トルコが自分のことを「もうたくさんだ」と思うのなら引退すると言い放った。すると数時間後には、トルコ語で「もうたくさん」を意味する「tamam」という言葉がハッシュタグを付けられ拡散し、反対派はすかさず「tamam」をスローガンとして利用した。プーチン大統領は大統領選の討論に加わる必要はないと感じており、突然焦り始めたりする必要はなかった。プーチン大統領の最も有力な対抗馬となり得る人物とされていた、汚職撲滅運動を率いるアレクセイ・ナワリヌイ(Alexei Navalny)氏は、有罪判決を受けていることを理由に大統領選への出馬を禁じられ、議論を呼んだ。

トルコのイスタンブールにあるイエニカプ広場で、レジェプ・タイップ・エルドアン大統領の演説を聞く支持者(2018年6月17日撮影)。(c)AFP / Aris Messinis

トルコのイスタンブールで行われた選挙集会で、トルコの巨大な旗を掲げる大統領候補の共和人民党ムハレム・インジェ氏の支持者(2018年6月23日撮影)。(c)AFP / Bulent Kilic

 トルコでの取材は――これから先の数年も含め――エルドアン大統領の発言を相応に取り扱うことと、1人の人間によってその国が象徴化されないようにすることとの微妙なバランスを保たなくてはいけない。トルコではエルドアン大統領、ロシアではプーチン大統領の動きが重要だ。目を引くニュースの見出しの背後に微妙な違いを盛り込むことが欠かせない。エルドアン大統領は、国中で等しく支持されているわけでは決してない。大統領選でのエルドアン氏の得票率は、アナトリア半島北東部バイブルト(Bayburt)県では82%を超えた。だが、トラキア(Thrace)地域のクルクラーレリ(Kirklareli)県では30%を下回った。私が住むイスタンブールは、非常にバランスがとれて、得票率はちょうど50%だった。10分タクシーに乗れば、熱烈なエルドアン支持地区から反エルドアン地区に移動できる。アンカラでは52.5%を獲得した。さらに、エルドアン大統領は国会で過半数を得られなかったため、民族主義政党と連立したが、将来的に関係がぎくしゃくする可能性もある。

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 新憲法の下でどれだけエルドアン大統領が権力を得たとしても――あまり報道されることはないが――他にも国を動かすものがある。有名なサッカーを始め、多種のスポーツのクラブの存在も、社会の重要な要素を構成している。トルコの民間の大企業が、政治的な発言をすることはほとんどないが、エネルギーや消費財などさまざまな分野に大きな利権を有している。おそらくこのような企業が、家庭の冷蔵庫からズボンまで、さまざまな製品を製造している。だが、私には分かっている。トルコで働いている限り、私の1日はカモメの鳴き声、ボスポラス海峡を行き交う船の汽笛、そしてtccb.gov.trのウェブサイトを携帯電話でチェックし、エルドアン大統領のその日のスケジュールを確認することで始まる。

このコラムは、AFPトルコ支局のスチュアート・ウィリアムズ(Stuart Williams)副支局長が執筆し、2018年7月6日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

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