■2度目のチャンス

 ラゴスのストリートチルドレンを支援するために、オルヨレさんがダンスグループを立ち上げたのは4年前。子どもたちがより良い未来を夢見ることができ、学校に再び通える方法を探すことが目的だった。

 当時、教会のダンサーグループを率いていたオルヨレさんは毎週日曜日に、その周辺地域で大勢の貧しい子どもたちが、飢えや退屈から気を紛らわせようとしていることに気付いた。「大勢で教会に来て、ダンスをしたがっていた。しばらくして、子どもたちの大部分が学校に通っておらず、英語も上手く話せないことに気付いた」

 国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)によると、ナイジェリアの非就学児は1050万人と、世界で最も多いという。

 オルヨレさん自身も、12歳の時に父親が銀行での職を失い、家族全員で2年間、路上で暮らしていたことがある。「両親が学校の重要さを理解していたので、幸運なことに学校に通い続けることができた。だが、貧困がもたらす破滅的な影響も経験した」と語った。

 今は、10人ほどの子どもたちと3部屋のアパートで、騒々しいながら幸せに暮らしている。壁には、南アフリカの故ネルソン・マンデラ(Nelson Mandela)元大統領、米有名女性司会者オプラ・ウィンフリー(Oprah Winfrey)氏、米女子プロテニスのセレーナ・ウィリアムズ(Serena Williams)選手など、恵まれない環境に生まれながら有名になった憧れの人々の写真が飾られている。そして大文字で強調して、こういうモットーが書かれている。「毎日が2度目のチャンスだ」

■読み書き、そしてダンス

 オルヨレさんは、子どもたちの世話を引き受けさせてほしいと言って、親たちを説得した。子どもたちの学費約10万ナイラ(約3万1000円)はオルヨレさんが支払っている。テレビの脚本を書いて稼いだ原稿料に、足りない分は支援金で補っている。

 ダンスグループは夕方に練習するが、学校の成績が悪いと数日間は練習への参加が許されない。子どもたちはこれを「最悪の罰」と呼んでいる。

 大きなアーモンド形の目をしたブソラさんは13歳。ボーイッシュな髪形をしており、あだ名は「T-boy」だ。これまでの人生の大部分は弟と一緒に、交通が渋滞するラゴスの路上に止まった車の間を「お金と食べ物」を乞いながら過ごしてきた。今、ブソラさんの夢は「ダンサーか女優か美容師」になることだ。

 10歳のデミ君は「以前はヨルバ語しか話せなかったから、他の子どもたちに笑われた」と言う。母親と一緒に何年もの間、廃屋に無断で住んでいた。「今は学校に行っていて、読み書きができる。人生が全く違うものになった」

 オルヨレさんによるとダンスグループは有名になり、食べ物や衣類の寄付はもらっているが、金銭自体は稼いでいないと言う。「皆、ダンスを踊ってと言って私たちを招待してくれるが、それは自分たちの製品や名声のために子どもたちを搾取しようとする人がほとんどだ。私たちにはお金を払ってくれないし、払ってくれてもほんのわずかだ」と述べた。(c)AFP/Célia LEBUR