■高リスク産業

 米国人医師によって設立され、現在はネパールに本部を置くヒマラヤ救助協会(Himalayan Rescue Association)によって運営されているこの緊急診療所は、外国人登山者たちに応急処置を施すことを任務とし、その引き換えにシェルパたちに助成による治療を提供している。つまり、エベレスト登頂に大金を支払う外国人たちと、彼らに同行することでそのリスクの大半を背負うシェルパたちとの間の大きな不均衡をわずかながら是正することに寄与している。

 シェルパたちは、4月初めから5月末までのわずか2か月間の登山シーズンに、ネパールの平均年収の14倍にあたる最高1万ドル(約110万円)の報酬を手にする。だが、そのために多くのシェルパたちが、登山シーズンに仕事から外されることを恐れ、健康問題から目を背けている。「彼らにとって、仕事を失ったりシーズンの途中で離脱したりすることは、壊滅的なのです」とダワディさんは話す。

 いつもと変わらない緊急診療所の朝が、突然慌ただしくなった。負傷したシェルパが救急搬送されてきたのだ。深さ60メートルのクレバスに落下したのだという。

 だが、出血も骨折もしていないことを医師たちが確認すると、痛みにさいなまれたシェルパのうめき声は、次第に安堵(あんど)へと変わっていった。数日間休養すれば、彼は仕事に戻れるだろう。

■意識の変化

 シェルパをはじめこの山で働くネパール人たちの意識は、変わりつつあると医師らは話す。健康に問題があれば早めに治療を受け、それ以上悪化してシーズン中の仕事を棒に振ることがないよう確認する人が増えているという。今シーズンにここで治療を受けた400人近い患者のうち60%以上は、シェルパをはじめエベレストで働く地元住民だ。

 人命救助を担っているにもかかわらず、緊急診療所の経済状況は非常に厳しく、外国人患者に負担してもらう1人当たり100ドル(約1万円)の利用料と、医療機器という形で提供されることの多い寄付に依存している。

 エベレスト登頂を目指す登山家が支払う1万1000ドル(約120万円)という高額の入山料の一部を緊急診療所に出資してほしいと、ネパール政府に訴えたものの耳を傾けてもらえてはいない。