■「80歳になるまで働く」

 パクさんは、1950年代に戦争によって荒廃した韓国を世界第11位の経済大国に押し上げた「漢江(ハンガン)の奇跡(Miracle on the Han)」に貢献した数百万人のうちの一人だ。

 南部の港湾都市、釜山(Busan)の高校を卒業後、空調メンテナンス業界で働き、子ども3人を育てながらソウルにマンションを購入できるほどの収入を得た。そして自ら空調サービス会社を設立したが、同世代の多くの人々と同様、老後に備えた十分な貯蓄をすることはできなかった。

「あの混乱した時代、私たちの世代は忙しすぎ、子どもたちを育てて生き延びるだけで精いっぱいで、引退後の準備などできなかった」とパクさんは話す。

 韓国が国民年金制度を導入したのはようやく1988年になってからで、1999年までは義務化されていなかった。保険料の納付期間は最低10年で、受け取る年金額は支払った保険料の額と期間で決定される。

 韓国保健社会研究院(KIHASA)のファン・ナムフイ(Hwang Nam-hui)研究員は「70代や80代の人々の多くは、保険料を払う機会を逃し、国民年金の恩恵を受けられないでいる」と話した。こうした人々は、「驚くほど少額な」生活保護で生き延びるしかないという。

 パクさんの会社は2012年に倒産し、毎月約130ドル(約1万4000円)の国民年金と約180ドル(約2万円)の高齢者向け給付金に頼るしかないが、世界でも有数の物価が高い都市で生活するには「まったく足りない」という。だが、子どもに毎月仕送りを頼ることはしたくなかった。

 そのためパクさんは、高齢者に簡単な仕事をあっせんする公的プログラムに申し込み、2014年に配達員として働き始めた。現在は週に3日、1日最大100件の荷物を配達し、月に約500ドル(約5万5000円)の収入を得ている。

 パクさんの同僚の大半は70代で、最年長は78歳だ。これまで50年以上にわたって働き続けてきたパクさんだが、「健康でいる限り、たぶん80歳になるまでは」仕事を続けたいと語った。