【12月3日 東方新報】河南省(Henan)周口市(Zhoukou)沈丘県(Shenqiu)に住む元教師の張梅英(Zhang Meiying)さんが1999年9月のある日、県外の病院に入院していた親類を訪ねた時のことだ。病院の産婦人科入り口周辺に人だかりができていたので近寄ると、赤ん坊が真っ黒な大きな瞳で張さんを見つめていた。生後間もなく、置き去りにされたとみられる。

「この子はきっと、天が私に授けたに違いない!」と感じた張さんは、その小さな命を抱えて家に帰り、鄭斌斌(Zheng Binbin)と名付けた。しかし生後6か月ごろになっても、赤ん坊は座ることができなかった。おかしいと感じた張さんは病院に連れて行き、検査を受けた。検査を何度か繰り返し、医師は斌斌さんが脳性まひだと診断した。

 斌斌さんの病気を治療するため、張さんは貯蓄も全て使い果たし、自宅も売ってしまった。2人の生活のために、鄭州市(Zhengzhou)でアルバイトを二つ掛け持つことを決心した。

「斌斌を育てるのは大変だったけど、社会からの支援があったからここまで来ることができたのです」と、張さんは話す。斌斌さんの電動車椅子は省の身体障害者連合会が援助してくれたものだという。

 斌斌さんは小さい頃からずっと医者にかかりきりだが、とても勉強好きなのだという。リハビリの苦痛をやわらげるため、時には痛みから気をそらすために、リハビリの傍ら教わった中国語のピンインを学習し始め、文字を覚えた。

 また、市の身体障害者連合会の協力のもと、市の身体障害者リハビリ教育センターでパソコンの使い方も学び始めた。雨の日も風の日も毎日の朝と夕方、車椅子の女の子とその横を小走りに寄り添うおばあさんの姿があった。