■フロイトを推薦するのを断ったアインシュタイン

 しかし、ルディネスコ氏が主張するように、決して看過できないのはフロイトの精神医学に対する重要な貢献だ。フロイト以前の精神科医は皆、「病的に興奮した女性は気が触れている、同性愛者は性的な変質者だと見なされていた」と同氏は指摘する。

 ノーベル科学賞選考委員会のフロイトへの関心の薄さを目の当たりにした親友で翻訳家のマリー・ボナパルト(Marie Bonaparte)は、代わりにノーベル文学賞への支持を取り付けようと奔走した。この頃、フロイトは70代になっており、顎のがんを患っていた。

 1915年にノーベル文学賞を受賞した仏小説家ロマン・ロラン(Romain Rolland)は、フロイトと手紙のやりとりをするなど交流もあり、推薦者としてふさわしい立場にあったが、フロイトは小説を書いたことなど一度もなかった。

 1936年1月20日、ロランはノーベル賞を選考するスウェーデン・アカデミー(Swedish Academy)に手紙を書き、フロイトを候補者に推薦。この高名な科学者にとっては医学賞の方がふさわしいかもしれないが、彼の功績は文学に多大なる影響を与えたと訴えた。

 これに対し、当時スウェーデン・アカデミー事務次官だったパー・ハルストレム(Per Hallstrom)氏は率直な回答を寄せた。

 同氏は、「彼の学説の表現方法について言えば、その弁証の鋭敏さや滑らかさ、明晰さに容易に気付くことができる。紛れもなく、非常に自然で優れた文学スタイルも備えている」としながらも、「おそらく、彼の教義の基礎となっている『夢判断(The Interpretation of Dreams)』を除けばの話だが」と付け足した上、「(フロイトが)科学者としていかに詩的であったとしても、いかなる詩人としての栄誉も与えられるべきではない」と締めくくっている。

 なお、1921年にノーベル物理学賞を受賞したアルバート・アインシュタイン(Albert Einstein)は、1928年に医学賞にノミネートされたフロイトの推薦人となることを拒否している。

 歴史家ジョン・フォレスター(John Forrester)氏によると、アインシュタインは、「私には、フロイトが唱える教義の真の内容が納得できない。ましてや、他者に対してその正統性を認めるような判断を下すことなどできるわけがない」と記している。(c)AFP/Gaël BRANCHEREAU