■今も消えぬ妻への思い

 刑務所で30年を過ごした徐受刑者は、1991年についに歩み寄りの姿勢をみせ、韓国の法に従うことを約束した。

 仮釈放された徐受刑者は、きょうだいが今も住む生まれ故郷に近い韓国南部の光州(Gwangju)に移り住んだ。だが今も夢見るのは、南北が統一され、妻と息子たちの元に帰ることだ。

 北朝鮮への思いは消えてはおらず、国の助成金で運営されているエリート校、金日成総合大学(Kim Il-Sung University)を自分が卒業できたのは、北朝鮮社会が「平等主義」だからだと称賛する。そして、北朝鮮の核・ミサイル開発は米国から自衛するためには必要だという当局の言い分を繰り返し、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は「とんでもない狂人」だと切り捨てた。

 徐受刑者は今年、心臓病の治療のため光州で2か月にわたり治療を受けた。左派的傾向が強いこの地域では、活動家団体が韓国当局に対して、徐受刑者らの誓約が強制されたものだとして、送還を認めるよう求める請願運動を行っている。

 仮釈放されてから数年後のある日、平壌を訪れたというドイツ在住の韓国人女性が訪ねて来て徐受刑者にこう言った──あなたの奥さんと息子さんたちは今も生きている。ただ、家族に連絡を取ろうとしない方がいい。息子さんたちの将来に傷が付くことになりかねないから、と助言したという。

 北朝鮮を離れて以降、再婚することはなかった。インタビューの間もずっとふてぶてしく冷ややかな態度を取り続けていたが、もし奥さんに再会できたら何と声を掛けますかとの問いには言葉を詰まらせた。

 そして、感情を抑えながら「生きていてくれてありがとう、と言いたい」「会えなくてずっと寂しかった。これほど長い間、離れ離れになるとは思ってもみなかった」と答えた。(c)AFP/Park Chan-Kyong