【3月6日 AFPBB News】東京・浅草の老舗レコード店には演歌や歌謡曲を中心としたカセットテープが並び、訪れる高年齢層の顧客のほとんどが北島三郎(Saburo Kitajima)や美空ひばり(Hibari Misora)といった昭和の大スターたちの音源を買い求めていく。だが、古き良きこのカセットテープ文化に近年、変化の兆しが見られるという。再評価が高まり、専門店やカセットDJなども登場。カセットテープ発売50周年記念として70年代の復刻版が発売されるなど、新たな潮流が生まれているのだ。

「カセットテープは何回も再生したら、擦り切れる。いっぱい着れば擦り切れていく洋服と同じ。自分の音楽への愛情がメディアに現れるのが、かわいくていい」とアナログ音楽愛好家のかねこゆうこ(Yuko Kaneko)さん(39)はその魅力を語る。

かんたんな操作で使えるラジカセも人気再燃中(2016年12月13日撮影)。(c)AFPBB News/Hiromi Tanoue

■新世代を引きつける小さな長方形

 東京・中目黒に店を構える「ワルツ(waltz)」は、2015年にオープンしたカセットテープ専門店。新旧合わせ約5000タイトルのカセットテープを取り扱い、客層は10代から70代までと幅広い。インテリアショップのような空間に陳列された色とりどりのカセットテープは、そのデザイン性も魅力の一つだ。「新しい世代の人たちがアートフォームとしてカセットテープを楽しんでいるという背景は世界的にある。CDよりも小さい、手のひらサイズが新鮮のようだ」と同社代表取締役の角田太郎(Taro Tsunoda)さん(47)は説明する。

 また店内で試聴すれば、その音質に誰もが驚かされるだろう。80年代にカセットテープは主に録音メディアとして流通していたため、テープにラジオ放送などを録音し、それをダビングするうちに原音が劣化していくことも多かった。だが店頭で販売されているカセットテープはマスター音源から録音されたファーストコピー。「今のカセットテープ文化で聴ける音は、おそらく多くの人が初めて体験するもの」と角田さんは語る。現代におけるカセットテープの楽しみ方は、意外にもぜいたくな音楽体験だったのだ。

中目黒に店を構えるカセットテープ専門店「ワルツ」(2016年12月13日撮影)。(c)AFPBB News/Hiromi Tanoue

■音楽は、ドリンクバーの商品にあらず

 さらに音楽が有形物として残ることは、音楽配信サービスでのデータ購入にはない強みだ。「デジタルメディアは非常に便利だが、音楽が無形化してしまうきっかけを作った。それに対してレコードやカセットテープなどのフィジカルメディアは、実際に形を持った音楽形態。そこに魅力を感じている人たちの回帰現象がここ数年、一気に高まってきている」(角田さん)という。

「例えるならば、今のデジタルミュージックの音楽環境は、自動販売機やファミリーレストランのドリンクバー。いつでも聴けると思うと、ありがたみが損なわれ、逆に聞かなくなる」。音楽愛好家たちの中には「データでは不安。(手元に)持つことに意味がある」という人も多い。スマートフォンで手軽に曲がダウンロードできる時代に、再びカセットテープという一つの選択肢が音楽の楽しみ方として加わったのは、興味深い流れと言える。

スマートフォンで気軽に聴けるデジタル音源の価値とは?(2017年2月23日撮影)(c)AFPBB News/Hiromi Tanoue

■『正しい音楽の聴き方』への回帰

 実は、カセットテープならではの魅力に注目しているのは聴き手だけではない。次に聞く曲を自由に選べないという不便さを、メリットと見るミュージシャンも増えている。「今のデジタルミュージックで得られる音楽体験は『試聴』。家のパソコンの中に大きな試聴機が1台入ったような状況なので、アルバムをシャッフルしたり、スキップしたりということが容易にできてしまう」(角田さん)。

 それに対してカセットテープは、一度再生したらA面の1曲目からB面の最後までしっかりと音楽と対峙しなくてはならない。「そういう作り手の意図に沿った『正しい音楽の聴き方』への回帰も、カセットテープによって実現するのかなと思う」。そういう意味では、カセットテープは作り手にとっても理想的なメディアであると言えよう。ジャスティン・ビーバー(Justin Beiber)やカニエ・ウェスト(Kanye West)など、新譜をカセット版でリリースする人気ミュージシャンも増え、世界的にもその影響は大きい。

アートとして楽しむ人も多いというカセットテープのパッケージ(2016年12月13日撮影)。(c)AFPBB News/Hiromi Tanoue

■人気再燃でシニア層にも恩恵が

「カセットテープは年齢、性別に関係なく、多くの人たちに訴求できるメディア」と角田さんは考える。もともと庶民にとって身近な存在であり、若者からシニア層まで、慣れた操作で分かりやすく使える。「カセットプレーヤーをおじいちゃんから借りて聞いた」という専門学生の箱岬優太(Yuta Hakomisaki)さん(19)は「すごく深みがあって、音がすっと入ってくる」と語る。この人気再燃に連動してカセットプレーヤーの生産が復活すれば、若者とシニア層の両方がカセットテープを聴き始めるきっかけへとなるかもしれない。

 音楽の優先順位が生活の中で高い人であればあるほど、どんどんアナログメディアに回帰していく傾向があるという昨今。「さまざまなメディアが現れては消えていく中、50年間生き残っているのはすごいこと」と70年代の人気モデル「UD」の復刻版カセットプテープを発売した「日立マクセル(Hitachi Maxell)」の広報、岡本奈緒子(Naoko Okamoto)さんは語る。この小さなガジェットは、若者からシニア層まで「生活をちょっと豊かにしたい」という人たちにとって大切な音楽メディアとして、今後も末永く愛されていくのだろう。(c)AFPBB News/Fuyuko Tsuji