【12月8日 MODE PRESS】ドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』で、世界から注目を浴びたアメリカ人フォトグラファー、マーク・レイ(Mark Reay)が来日した。彼は経済的な理由から6年もの間、マンハッタンのビルの屋上で暮らしていた元ホームレス。ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ(SEX and the CITY)』や映画『メン・イン・ブラックⅢ(Men in Black Ⅲ)』に出演するなど、俳優としても輝かしいキャリアを持つ一方で、人知れず過酷な生活を強いられきた。

 57歳になるマークは現在も自分の家を持たず、ニューヨークの友人宅に借り暮らしをしながら写真や演技の仕事を続けている。「もちろん住まいを持つことは素敵だが、経済的に現時点では不可能だ。僕の夢ではない」というマーク。では、彼にとっての幸せとはいったい何なのだろうか?

(c)2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

■ビル・カニンガムとの幻の対談

 ニューヨークの名物ファッションフォトグラファー、故ビル・カニンガム(Bill Cunningham)も質素な暮らしぶりで知られた人物だ。ドキュメンタリー映画『ビル・カニンガム ニューヨーク』では、いつも同じ青い作業着姿で自転車に乗り、箱のような小さなアパートメントでひっそり暮らす様子が映っている。マークもこのアイコニックな人物と、何度かニューヨークで顔を合わせたことがあるという。

「ビルはあまり社交的な人ではないんだ。彼のドキュメンタリー映画が公開されたとき『あんな映画、公開されなかったらよかったのに。すごく恥ずかしいよ!みんなが僕の人生を知りすぎてる!』と言っていた」と笑うマーク。「その頃はまだ僕の映画は撮り始めてなかったから、自分がその後、彼と同じような立場を経験するなんて想像もしなかった。もし彼が亡くなる前に出会えていたら、このことについて対談してみたかったな」

(c)2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

■苦境こそが人生をおいしくする

 監督の トーマス・ヴィルテンゾーン(Thomas Wirthenson)は、マークの元モデル仲間だ。久しぶりに再会し、マークの驚くべき境遇を知った監督は、3年間密着取材を敢行した。撮影した映像は合計で200時間にも及ぶという。「カメラが回っているときは自然体でもあったし、意識してしまうこともあった。ドキュメンタリーを撮るときに難しい部分ではある」とマークは言う。「撮影されているときはなにか意義を持たせようと思ったし、エンターテイメントになってほしいと思った。台本があったわけではないが、僕は自分の人生を知っているし、ある意味ストーリーテラーになろうと努めた。それで僕はトム(監督)とオーディエンスを、僕の人生に招き入れたんだ」

 観衆はマークのあまりに赤裸々な独白にうろたえ、ときに感動し、考えこんでしまう。作品のリピーターとなった人も多く、彼の生き方についての論議は今も絶えない。「アメリカンドリームの裏側という視点で映画が撮られてるのは興味深い。だが僕にとってこれはアメリカンドリームではなく、ヒューマンドリームなんだ。自分の威厳を保つための、そして愛を探すための、僕たち全員の内側にあるようなストーリーだと思っている」とマークは分析する。「僕は人生を見失っている(lost)かもしれないが、人生への渇望(lust)も抱いている。それは国籍や社会的地位に関わらず、みんなが抱えているものだろう」

「今、経験していることをもとにして、また新しい映画を作りたい」と語る(2016年11月11日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

 そんな孤独な人生経験にもかかわらず、マークは驚くほどチャーミングでウィットに富んだ人物だ。彼はどんな瞬間でも人生を謳歌し、けっしてユーモアを忘れない。「屋上生活での悪いモーメントは、映画にとっての良いストーリーになった。苦みを味わうからこそ、人生は美しくなる。これは人生における良い暗喩であり、哲学だと思う。今でもつらい瞬間に、もう一人の自分が客観的に『いや、これはいつかおいしいストーリーになるぞ』と思ったりする。人生はいつだって自分の思い通りにはいかない。『人生で酸っぱいレモンのような試練を課された時は、レモネードにして飲んでしまえ』ということわざのとおり、逆境をうまく利用することだ」

■自尊心を守るためのコツ

 この日本にも、マークのように経済的に苦労しながら必死で働いている人は今も多いだろう。マークはそんな人たちに、彼が実際もらったという素敵なアドバイスを紹介してくれた。「もし君が今、ひどいシチュエーションにいるなら、自分の時間を誰かに与えることをしてみてほしい。たとえばボランティア団体と関わって、助けを必要としている人を支えるとか。誰かに何かを与えることで自尊心を得られるし、君自身に価値があるということに気づけるだろう。ひょっとしたら良い行いに対する報いもあるかもしれない。僕自身、チャリティー団体のボランティアを7年間していた。彼らが僕もホームレスだと気づかなかったのは皮肉かもしれないが、とても良い体験だったよ」と語る。

マーク・ジェイコブスやモデルたちのポートレイトも収録した作品集(2016年11月11日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

 今はフォトグラファーとしての仕事に軸足を置き、作品集も発表しているマーク。彼が辿りつく先はパーマネントな住居ではないかもしれない。だが自分にとっての「ホーム」を追い求めて生きる、その自由と情熱は、人々に忘れていた何かを思い出させてくれそうだ。映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』は2017年1月28日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次ロードショー。この作品との出会いはきっと「人生の成功」とは何なのかを考える、良い機会となることだろう。(c)MODE PRESS

■作品概要
・ホームレス ニューヨークと寝た男(原題:HOMME LESS)
監督:トーマス・ヴィルテンゾーン
出演:マーク・レイ
音楽:カイル・イーストウッド/マット・マクガイア
制作年:2014年
制作国:オーストリア、アメリカ
公開:2017年1月28日よりヒューマントラストシネマ渋谷他 全国順次ロードショー

■関連情報
美しきホームレス、マーク・レイがそれでもNYを愛する理由【前編】
・映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』公式HP:http://homme-less.jp/
・マーク・レイ公式HP: http://www.markreay.net/