■母国のスター選手の後押し

 ハッシムが事故に遭ったのは24歳の時。弟と一緒にライフガードの訓練に参加していると、灰色の三角の物体が弟に近付いてくるのが見えた。「イルカかアザラシだと思った」が、ハッシムが水中に潜ると、巨大なサメだった。

 弟からサメの気をそらせようと水面を叩くと、作戦は成功した。だが、数秒のうちにサメはハッシムの目の前に近づき、サメの口から離れようともがいたものの、気づいた時には「サメの口の中に自分の脚が半分入っているのが見えた」という。水深50メートルほどまで引き込まれ、サメに脚を食いちぎられてようやく溺れかけながらも水面に上がり、救助された。

 その後、回復はしたものの、右脚と、セミプロのサッカー選手から本格的にプロに転向するという夢を失った。

 そんなハッシムに競泳を勧めてくれたのが、母国の競泳選手でパラリンピックと五輪の両方に出場し、パラリンピックでは数多くのメダルを獲得したナタリー・デュトワ(Natalie Du Toit)だ。以来、ハッシムは過去を振り返らなくなった。

 ハッシムは昨年、国連(UN)から「Global Shark Guardian(国際サメ保護者)」に任命された。「世界中でサメの保護活動をする役割です。擁護者というか、サメ大使のようなものです」と、長身で親しみやすいハッシムは話した。

 ハッシムは自身の命を奪いかけたサメに対して憎しみや怒りはなく、サメの個体数を減少させ、海洋の食物連鎖を乱す恐れのある乱獲を止めることに義務感を抱いている。

「毎年およそ1億頭のサメが殺されています。そして、サメに襲われて死亡するヒトの数よりも、トースターによる事故が原因で死亡する人のほうが多いんです」と、ハッシムは語った。

 サメとの恐ろしい出会いから運命が見事に好転したことを振り返り、ハッシムはこう言った。「サメが与えてくれたことに恩返しをしなければいけないんです」(c)AFP/Sebastian Smith