【6月1日 AFPBB News】縄やひも、帯などを使い、人体を縛りあげ拘束する「緊縛(きんばく)」。アンダーグラウンドな性的嗜好(しこう)という枠を超え、日本発のエロティック・ボンデージ・アートとして、近年海外でも認知を広げている。アメリカ・シカゴ(Chicago)では毎年、緊縛をテーマにした国際カンファレンスも開催されているほどだ。

 その背景には、国内外で精力的に活動するロープアーティスト、緊縛師たちの存在があった。「一鬼のこ(Kinoko Hajime)」と名乗る名古屋出身の38歳もその一人。世界各国でショーやワークショップを行い、業界内では「カリスマ的存在」として注目されている。

■緊縛に通じる生け花、そして禅の心

 5月中旬、神奈川県内の日本家屋にて、一は「花札」をテーマにした新作の撮影を行っていた。現場では一の生け花の師匠でもある華道家の桂陽(Yo Katsura)が、セットに合わせて桐(きり)や撫子(なでしこ)の花を次々と生けていく。セットが完成すると、一も着物姿のモデルをさまざまな縄を使って丁寧に縛り上げ、生け花とのバランスを慎重に整えながら自らカメラを構える。

 生け花と緊縛の意外な組み合わせについて一は「花は女性であり、そのバランスはロープの見せ方と通じるものがある」と説明する。「日本人は永遠の美よりも、四季など終わりのあるものに美しさを見いだす。縛ってもほどかれてしまう縄に感じる美しさも、非常に日本的。また緊縛の精神を突き詰めていくと、禅の心にまでつながっていくとも言われている」

■縄に包まれるような感覚

神奈川県横浜市の古民家で、「花札」をテーマにした新作のために、モデルの街子を縄で縛る一鬼のこ(右、2016年5月18日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

 縄の掛け方にはあらゆる型や作法がある。「緊縛のルーツとなったと言われる江戸時代の捕縄術(Hojojutsu)に関しては、最後の忍者と呼ばれる藤田西湖(Seiko Fujita)や武道家の水越ひろ(Hiro Mizukoshi)の文献などから知識を得た。それらによると各藩がそれぞれの流派を抱え、罪人の身分によって縛り方や縄の数を変えていたようだ」と一は語る。やがてそこに美しさやエロティシズムを見いだし、さらに「長時間体を縛っていても神経を圧迫しないようにする」など手を加えていったのが現代の緊縛だともいわれている。

 一自身の縄も、誰かを捕らえたり縛りつけたりするといった感覚ではなく、相手との「つながり」を表現するためにあると彼は語る。「縄はデコレーションではない。相手が求める場所やタイミングを感じ取りながら無心で縛ると、その人らしい美しいラインが出来上がる」。そんな信念に基づく一の縄は、相手の心身に寄り添う。今回、モデルを務めた街子(Machiko)は一の縛りについて「包まれているような安心感があってほっこりする。眠ってしまいそうになった」とほほ笑んだ。

■緊縛の概念を変える

一鬼のこのロープを使った作品。(左)Redシリーズ「umbilical cord」(c)Yuki Kawamoto(右)Cyber Rope(c)Kinoko Hajime

 一は古典的な緊縛のほかに、暗闇で光る蛍光色の縄(サイバーロープ)や真っ赤な縄を使ったアート作品などを手掛け、ファッションブランドやミュージシャンとのコラボレーションも多い。海外でロープアーティスト、インストラクターとして活躍するオーストラリア人のヘバリ(Hebari)も一の縛りに注目する一人だ。「一鬼のこの緊縛が独特なのは、伝統的な手法と新しい手法の両方を取り入れているところだ。彼のサイバーロープショーやカワイイ感覚を取り入れたロープなどは若いオーディエンスを引きつけている。さらに彼は木や石などの物体もアートとして縛っており、我々の抱いていた緊縛の概念を押し広げた。彼ほどこの分野を発展させる存在はないだろう」

■緊縛レッスンで「縄友」づくり

都内で毎月開催される一鬼のこ主宰の緊縛レッスン「一縄教室」で、ペアで縛り方を学ぶ参加者たち(2016年5月24日撮影)。(c)AFPBB News/Yoko Akiyoshi

「緊縛」を趣味としてたしなむ人も増えている。一の主宰する緊縛レッスン「一縄教室(Ichinawa School)」には、外国からの参加者も含めた約30組の男女が集まり、教室内ではさまざまな言語が飛びかっていた。会社員のはるなさん(39)は、藤色の縄で友達の久美さん(28)を縛っていた。「なにか非日常の面白いことを始めたかったときに友達に誘われた」「女の子だけの“縄会”もあるし、友達同士で縛りあったりして楽しい」と2人は仲むつまじげに語る。

「現代人はお互いを結びつけることをあまり得意としない。縄によってその方法を学べることも、緊縛の人気が高まった理由の一つなのではないか。アートやSM(サドマゾヒズム)、あるいはそれ以外の何かにもなり得る柔軟性こそが、緊縛の魅力だろう」とヘバリは考察する。

 緊縛が特殊なジャンルと思われていたのも今は昔。縄は創造性の高い官能芸術(エロティカ)として、またコミュニケーションの一手段として世界中の人々を強く結びつけているのかもしれない。(c)AFPBB News/Fuyuko Tsuji