【4月26日 AFPBB News】『世界の中心で、愛をさけぶ』などのヒット作で知られる映画監督の行定勲(Isao Yukisada)が、全編を自らの出身地である熊本で撮影した中編映画『うつくしいひと』のチャリティ上映会を4月25日、東京・新宿のテアトル新宿 (Theatre Shinjuku)で開催した。

 本作では熊本の美しい街並みを舞台に、秘められた恋の切なくも愛おしい顛末(てんまつ)が描かれる。橋本愛(Ai Hashimoto)や高良健吾(Kengo Kora)など、出演者全員が熊本出身であり、政治学者の姜尚中(Kang Sang-jung)が俳優として重要な役柄を演じているのも話題の一つだ。

 もともとは「くまもと映画プロジェクト」として、公的な資金援助を得て熊本の魅力を宣伝するために製作された作品。だが熊本地震を受け、急きょ被災者支援のためのチャリティ上映会が行われた。上映会当日、会場では監督やキャストたちが「かまだすばい(熊本弁で「頑張ろう」)! 熊本人!」と言葉の添えられた募金箱を持ち、詰めかけた観客に募金を呼びかけた。

■失われた故郷の姿

 行定自身も16日未明に熊本市内のホテルで地震に遭い、南阿蘇にある実家も被災した。撮影したばかりの通潤橋(Tsujun Bridge)など数々の名所が被害を受けたことにショックを受け、とくに天守閣が損傷し、石垣も崩壊した熊本城(Kumamoto Castle)の甚大な被害には言葉を失ったという。

 熊本城は11歳のときに、黒澤明(Akira Kurosawa)監督の映画『影武者(The Shadow Warrior)』の撮影が行われているのを見て以来、ずっと特別であり続けた思い出の地。本作でも、行定の一番好きな角度だという櫨方門(Hazekata Gate)の方向から撮影を行った。「僕にとって熊本城はエポックメイキングな存在であり、『映画って凄い』と初めて思った場所」。自身が映画界を目指すきっかけともなった熊本城だが、復旧には20年かかる可能性もあると言われている。被害は深刻であり、長期の支援が必要だ。「この映画を通して美しかった熊本をたくさんの人に見てもらいたい。これはかつての熊本を取り戻すための決意表明。応援してもらえると嬉しい」と行定は語る。

■初めて感じた映画の力

 キャストの1人である高良健吾とはすぐに現地で合流し、熊本市内で給水支援ボランティア活動を行った。各地の避難所などを回るなか、心を揺さぶられたのが「映画を撮ってくれてありがとう」「自分の知っている美しい熊本が映画の中にある」といった人々の声だったという。地震によって多くの景観が失われたが、震災前の熊本の佇まいと空気感はこの映画の中に永遠に残された。

「今後、映画を撮るときはこの瞬間のこの場所はいつまでも残っているものじゃないんだな、ということをつねに考えると思う。この一瞬も、この俳優の動きも二度とない。それを記録することが一つの映画の特性。皮肉ではあるけれど、そういう映画の力を初めて感じた」

 行定が故郷である熊本を舞台に映画を撮ることは、デビュー15年目にして初めてだ。いつの時代の人が見ても熊本への思慕を抱くような物語になるように、と思いをこめて作った。だが結果的に撮影当時である「2015年10月の熊本」が舞台になっていることを意識せざるをえない作品となった。主人公の記憶をたどる旅がテーマの作品であるが、「そのあとに起こったこと(地震)が、『虚構』である物語を『リアル』に位置付けた。そういう意味では非常に特殊な感情を抱く映画になるのではないか」と語る。

■熊本を忘れないで

 今はもう失われてしまったものがこの映画の中には存在する。もしこの地震がなければ、日常と地続きにある「今、自分たちがいる熊本」として見られたはずの光景が、もうすでに「かつての熊本を旅する物語」に変わってしまった。「その『かつての熊本』にあった良さを取り戻すのが僕たちのこれからの復興だと思う。そういう意味ではすごく意味のある映画になったのかな」

 今後は全国の映画館での上映や、ホール、映画祭などでチャリティ上映会を実施し、募金を復興支援に充てる予定だ。「人々に熊本を忘れないでいてもらう、そのために活動していきたい」と行定は故郷への思いを語った。「切なさはもちろんあるけれど、この映画が持つすがすがしさが、人々の『前に歩いていこう』という気持ちとリンクしてくれたらと願わずにはいられない」。その強く真摯(しんし)な思いは、きっと多くの人の胸に届くことだろう。
(c) AFPBB News/Fuyuko Tsuji