【3月6日 AFP】私は2003年からロケッツ(Rockettes)のリハーサルやオーディションを撮影してきた。ロケッツはニューヨーク(New York)の代名詞ともいえる団体で、クリスマスに最も注目される。クリスマスシーズンにラジオシティ(Radio City Music Hall)の舞台を見に行くのは、ニューヨーカーにとってしきたりのようなものだ。そして、ラジオシティで見るものといえば、ロケッツに決まっているのだ。

 でもリハーサルを撮影するだけではその全貌はほとんど見えない。ダンサーたちは謎に包まれている。笑顔のまま、一糸乱れず脚を振り上げる彼女たちについてわかることはほとんどない。2003年からほぼ同じものを見ていた私は、新しい視点からロケッツを撮影したいと思うようになった。

舞台袖から見るロケッツ(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

■整然としたカオス

 ロケッツのショーは完全無欠だ。でも舞台裏から見ると、これは整然としたカオス(混沌)だということがわかった。間違った場所に立てば、張り倒されてしまう。とうとう私は、緞帳(どんちょう)の後ろで何が起きているかを知ることになった。

 私は観客としては6回ほどショーを見ていた。ショーは大好きだ。全ての瞬間が好きだ。演目は素晴らしく、そして洗練されている。劇場の内部は驚くほど美しい。クリスマスにふさわしいイベントだ。私はラジオシティの広報に、1日張り付いて舞台裏を撮らせてくれないかとお願いした。

「クリスマス・スペクタキュラー(Christmas Spectacular)」ショーは、11月半ばから正月までの間、1日4回ほど上演される。ラジオシティは私に、12月上旬の午前11時のショーを撮る許可を与えてくれた。

 ■78秒の着替え

 劇場に着くと広報の女性が出迎えてくれて、そのまま私をステージマネジャーに紹介してくれた。まず最初に教えられたのは、撮っていいものと撮ってはいけないもののルールだ。結論から言うと、ひどくたくさんの撮影NGルールだった。

 まず、私は完全に着替えが完了していないダンサーを撮ってはいけなかった。完全に、つまり被写体がまだ手袋をつけていなければ、私はシャッターを押せないのだ。一つのショーにつき着替えは8回、そして1回の着替えに与えられる時間は78秒。ダンサーたちは舞台から下がるや否や、別の衣装に着替えるために衣装を脱いでいる。お察しの通り、私はたくさんの場面で撮影を控えなければならなかった。

ダンスの出番を待つラグドールたち(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

■ノンストップの1時間半

 ショーの時間は1時間半。振り付けがされているのは舞台の上の演目だけではない。舞台裏でも、1時間半のクレイジーな「振り付け」が演じられているのだ。

 ショーの間、舞台裏には約250人が控えている。うち150人は、ロケッツやサンタクロース、その他のダンサーなどの出演者だ。それだけでなく、1933年以来の伝統としてキリスト降誕シーンに登場するラクダやヒツジ、ロバもスタンバイしている。

 私の知る限り世界最大の屋内ステージで、1時間半の間、これら250人の人々と動物が、着るか脱ぐか走るかしながら常に動いている。

 そして1時間半の間、先ほどのステージマネジャーが私を舞台袖ギリギリのところで押したり引っぱったりしていた。私が一歩踏み出す度に、ダンサーが突っ込んできたりパンダの着ぐるみやラクダが通ったりするからだ。

舞台へ(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

 1時間半のハードなエクササイズだった。私はこの世界最大の屋内ステージで端から端まで走り回っていた。しかも舞台裏は平たくないのだ。ステージのある場所から別の場所に行くためには、2階分くらいの階段を下りてからしばらく走り、また上がらなければならいこともしょっちゅうだった。

 というわけで私は誰の邪魔にもならないように気をつけ、完全に着替え終わっていない人を撮らないよう気をつける必要があった。そうそう、それと観客に見えないように気をつけなければいけなかった。

最終調整(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

 ショーの途中、私は舞台の下のスペースで、大きなアルファベットのブロックを使った演目のために準備しているロケッツたちと一緒にいた。ブロックのそばには黄色い線が引かれていた。ロケッツたちは、「立つ場所に気をつけて、立つ場所に気をつけて、黄色い線の後ろに下がって」としつこく言い続けた。私は「何でそんなに騒ぐんだ?ここで邪魔になることはないだろう」とは思いつつ、一応線の後ろに下がっておいた。

 下がっておいてよかった。あと数秒あの黄色い線の上に立っていたら、ロケッツと一緒に舞台上に跳ね上げられてしまうところだった。

問題の黄色い線(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

 簡単に表現するなら、舞台裏は整然としたカオスだった。全ての人が突っ込んできて通り過ぎていくこの場所では、ひかれないように自分で自分の面倒を見る必要がある。舞台袖から見たショーは完全なる修羅場だった。でも実際には、そこにいる人たちひとりひとりが、自分はどこに行くべきかきっちりと把握していた。巨大なマスクをかぶったダンサーの一団を見て、私が「あれを案内する人はいないの」と聞くと、返ってきた答えは「必要ない。振り付けが体に染みついているから、自然に舞台に上がり、下がってくる」とのことだった。

 彼らが舞台裏の撮影を許可してくれたことは本当にありがたいことだった。ニューヨークのエンタメ界で仕事をするのはエキサイティングでもあるが、そのためには数々のルールがあり、ルールを破れば二度と仕事をすることはできないのだ。

 ロケッツは洗練されたブランドであり、そのブランドを少しでも美しく見せない写真は撮ってほしくない。その気持ちもよくわかる。

倒れる前(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

■そして兵隊たちがパタパタと倒れていく

 ショーの目玉は、おもちゃの兵士の演目だ。演目の名前は「おもちゃの兵隊の行進(Parade of the Wooden Soldiers)」といい、ダンサーたちがドミノのように倒れていく。この演目は1933年の初演から毎年行われており、衣装も振り付けもその時から変わっていない。

 私がこの演目を舞台袖から撮っていると、パタパタと倒れるロケットのうちの1人の帽子が脱げてしまった。これは大きなNGだ。しかも彼女は「完璧に衣装を着ていない」状態となる。ステージマネジャーと目が合った。それだけで彼の言いたいことは伝わってきた。「もしその写真を世に出したら…」

 つまりそれは、このショーで一番の見せ場の写真を、私が持っていないことを意味する。私はもう1回別のショーで撮らせてほしいと頼み、彼らはOKしてくれた。

みんな倒れていく(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

 他にも、スタッフの写真を撮るのもダメだった。というより、撮っても良いが、写真を使うのであればそれぞれ許可が必要とのことだった。私はスタッフが舞台に上がる前のダンサーたちとハイタッチをしている写真を撮った。これを公開するためには許可をとる必要があった。

ハイタッチ(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

 私は邪魔にならないよう心配しながら1日を過ごしたが、ステージマネジャーを除くと誰も私のことを気にする様子はなかった。私は何人かのダンサーの顔を覚えたが、ほとんどの場合、彼女らは私がいることには気づかなかった。それくらい忙しいのだ。舞台に上がり、下がるのに本当に短い時間しかない。衣装は並べられていて、帽子は大箱に入っている。

つるされた衣装(2015年12月2日撮影)。(c)AFP/TIMOTHY A. CLARY

 ミスがないよう、すべては彼女たちのために準備されている。ロケッツたちは舞台裏にいるよそ者には目もくれず、スポットライトを浴びる瞬間のために、万全の準備を整えているのだ。(c)AFP/Timothy A. Clary

このコラムはニューヨーク支局のフォトグラファー、ティモシー・A・クラリー(Timothy A. Clary)がパリ本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同執筆し、2015年12月28日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。